【ホラー/怖い話】その瞳は何色か

イラスト作者様
リンクイラストは日向よよさんに描いていただきました!
Check宣伝ページ

今は戦うことしか頭になかった。もはや怯えてはいなかったし、怯えていることも覚えてはいなかった。それらはすべて昼下がりの夢であり、目が覚めれば夢の内容を忘れているように私は恐怖を封じていた。

敵はすでに私を発見したらしい。上空の光の中に紛れて、相手からは見えない余裕たっぷりに機体を見下ろしながら襲いかかるチャンスを伺っていることは容易に想像できた。
私は黒点から目を逸らさなかった。もう脊髄で操縦することができた。
敵をみながらスロットルから放し、軽やかに鍵盤を叩くように機体のあちらこちらを操り始めた。左手はすばやく的確に動きまわって、反射照準器のスイッチを入れ、射撃管制のスイッチを押し込み、親指をうごかして、徐々にプロペラの回転数を上げていった。
敵がブヨのようにたむろしているのを見上げてスロットルをふかした。と同時に操縦桿を股間に引き寄せた。高度が少しづつあがって5000フィートにいるアメリカ人との距離を詰めようとしていた。敵機は機首を下げ太陽の中からまびろでると、みるみる近づいてきた。私はそれを見て見ぬふりしながら直進した。あっという間に白銀の日光をきらめかせてすれちがった。
終始肩越しにアメリカ機を見ながら旋回のチャンスを見計らった。微妙に機体を横に傾け、滑らせる。こうすることで直進する機体から放たれる弾丸はすべて上方にややそれる。

しびれを切らしたアメリカ人が強引に機を正面に持ってこようとした。
その瞬間を狙ってラダーを蹴っ飛ばして旋回に移る。ラダーと操縦蛇の相乗効果で機はふわりと舞った。視界が真黒にそまる。
頭と目から血が引くと私は敵機の後方に回ることに成功していることに気がついた。
敵機もそのずんぐりとした機体をジタバタさせて急旋回に移ろうとしていた。
「ふぅっ」
息を吐いた。
さぁ行くぞと機の距離をつめると、敵機は小フラッグを繰り出し半横回転から急降下に移って離れたかと思うと、その圧倒的なエンジン力を見せつけるかのように宙返りをうって機銃を乱射してきた。
こうしてしっぽの取り合いが始まった。私達の機体は尾翼をめがけてはなれたり、散ったりを繰り返した。それはさながら剣道の間合いをとる足さばきのようにも見えた。
敵が減速すれば私は加速し、私が減速すれば彼は加速した。
こうしてもみ合っているうちに高度が下がっていった。遥か後方に眺めていたはずの太平洋がその雄大な姿に陽光を照り返し、すぐ下に迫っているのが分かった。
その姿に気を取られている一瞬のすきをつかれた。機体のほんの上を曳光弾の緑の光がかすめて飛んで行くのが見えた。それを避けた時目の前の黒点がそれをやってのけたことに気がついて正面にみすえた。かすかなシミでしかなかったものが目の前で爆裂的に大きくなるのがみえた。やれることはただひとつ、そっと照準器の前にすえてその時を待つ。やがて照準器の橙色の光と機体の黒光りの機影が重なった。
敵の機銃が火を吹いた。そして私も、暗夜に霜が降りるようにそっと操縦桿の発射を押した。
もがれる翼の断末魔がここまで聞こえた。それは私の機体も彼の機体も同時に撃墜されたことを意味していた。一大音響を発して視界がぐるりと回った。
片翼の鳶を操るのには並大抵の根性ではダメであった。打てるかぎりの努力はつくしたがその多くがほぼほぼ効果を伴わないものであった。
潮時であった。
私は飛行帽と呼吸器を投げ捨てて、機体と私を結びつけているパラシュートの連結を解いて機外に飛び出した。

黒いうねりと焼けつく鉄の焦げる匂いが妙に安らいで感じられた。
引き綱を引くとぱっとパラシュートが開いた。と同時にガクンと身を引きちぎられる程の衝撃を受けた。恐ろしいほどの静寂であった。海風が髪をさらってぐちゃぐちゃにした。
やがて気づいたときにはすでに海面が真下にあった。

その瞳は何色か?

次に意識を取り戻した時のは暗闇でよく見えるように体を仰向けにされた時であった。
深い深い闇の中で体をまさぐられるのは不快を通りこしておぞましさすら感じさせられた。
「元気かね?」
しわがれた声が響いた。発音が少し変わっていたが疑いようもなく日本語であった。
「元気とは言えないかな」
私の皮肉に老人は鼻をならして笑った。
「それだけ軽口が叩けるなら問題も無いだろう……」
微笑んだのが感じられた。私は身を震わせた。なぜこのような漆黒の空間で立ち枯れと会話しなければないのか。
「何か灯りを持ってきてくれ」
ここは暗すぎる。そう続けた。
「あぁ、どこから話したものか……」
もったいつけた話し方に私は苛つきを覚えた。
「話が聞こえなかったのか?」
「君はまだ状況がわかっていないようだな」
素っ頓狂な回答に私は閉口した。脅しとも取れるその言葉に返す言葉がなかなか見つからず「状況だって?」
オウム返しをした。
「そう。今ここがどこかわかるかね」
鼻をつくのは化学薬品の不気味な清潔な香り。それとポプラだろうか?木の香りが鼻底をくすぐるのが分かった。
「病院か?」推測はすぐに建てられた。
「そうさ。病院さ。では何時かはわかるかね」
からかわれている気がした。絶対にとけない謎を出されているような。
「深夜にきまっているだろう!これだけ暗いんだから」
思わずして噛みつくような声音になってしまった。
「あぁやはりか」
身をくねらせた。この男は何を隠しているというのだ!
「なにが言いたいんだ?はっきりと言ってくれ」
「いいのか?いっても」
いままで飄々とした口ぶりであった老人の態度が急変した。ここから先は触れてはいけない場所であるとでもいわんばかりに。
「間違ってるのか?私が?」
「そうだ今は昼だ」
もはや笑えもしない噺に私は肩をすくめた。
「ボケてるんじゃないか?」
「いいや、極めて正常な頭をしているよ」
「なら、今が昼じゃないなんてすぐにでもわかるはずだ」
「君がわからないのも無理はない……失明しているのだから」
「なんだって?」
「君は失明している」
はじめは言葉の意味がわからなかった。あまりにも突拍子もない言葉だったからだ。
しかし彼の言わんとすることが脳内で結びついてイメージを形作っていくにつれてあることに気がついた。目の周りに何かがきつく巻かれている。そしてそれの意味も。
さわさわと羽毛が太ももの内側を撫でていくような感じがした。
「おいおい……冗談だろう?」
飲み込んだ息を喉のおくに落としていく。口をついた言葉はもはや問いかけの質問ではなく形ばかりの願望になっていた。
「残念ながら事実だ」
老人の声は確固たるもので疑念を挟む隙を与えないものであった。
手を目の近くに回す。掌の薄ぼんやりとした輪郭すらも見えない。
じっと掌を見る。意識を集中し続ける。しかし何も見えない。
その時になってようやく私が大変な状況に置かれてしまっていることに気がついたのであった。
「大丈夫か?」
老人が肩に触れた。どうやら私は身震いしているらしかった。
「あぁ、大丈夫だ」
嘘だった。僅かに体の奥底に残された精一杯の強がりをいったに過ぎなかった。
「そういえば、まだ自己紹介が済んでなかったな。名前はタニグチだ。君を受け持ってかれこれ一週間になる」
一週間!私はそんなにも長い間惰眠を貪っていたというのか!
頭を混紡で勢い良く殴られたような気がした。だが感傷に浸っている暇はなかった。
というのも聞くことは山程あったからだった。
「私はこれから何をすればいい?」
「上からの命令か?療養に励むようにとのことだ」
「目が治るまで何日かかる?」
「それは……」
タニグチはそこで一旦言葉尻を切って考えこんでいるようだった。
「まだわからない」
「なぜ」
「君の場合少し複雑な怪我なんだ。覚えてはないだろうがなにか硬いものに強く頭を打ち付けて、頭蓋骨が陥没している。変形した骨の圧力でいまにも目玉が破裂しそうになってる」
頭蓋がまるきり割れて灰色の中身が漏れだしている光景が浮かんで思わず顔をしかめた。
「治らないのか?」
「それを治すのが仕事さ、勿論君の気力しだいでもあるがね」
私は沈黙した。それはタニグチの説明が不十分であったせいでもあったし、自分の行先への不安から沈黙したせいでもあった。
どちらにせよ、たまに夏風のたてる気まぐれな木の葉擦れの音以外なにひとつ音のしない病室で考える時間は十分すぎるほど得られるように思われた。
「とにもかくにも包帯を変えなければいけないだろう……おいハナきてくれハナ」
「はい」
私は声にこそ出さなかったものの驚いた。そこにタニグチ以外の人物がいたからではない、ハナの出す声があまりにも綺麗なものだったからだ。
私の隣に誰かが立ったと思うと手慣れた手つきで私の顔に巻かれていたものがスルリスルリと解かれていった。彼女の手が肌に触れると年甲斐にもなくどくりと心臓が高鳴る。
「痛くありませんか」
「いや問題ないよ」
彼女の処置はほぼ完璧にちかいものであり痛みもなにも感じさせない、一流の腕前を感じさせるものだった。
「いいかね。ここでは君はなに自分でしてはいかん。ションベンすらもね」
「すべて私が担当します……花子でもハナでも好きな名前で呼んでください」
こうして、私はハナとであった。
その日は簡単な識別番号と、所属部隊を聞かれただけで終わった。
ハナは甲斐甲斐しく世話してくれたが私の心は一向に軽くはならなかった。

そうこうしているうちに夜が来た。夕暮れの遠く澄むような橙は漆黒の藍色に徐々に塗りつぶされていき、山を枕に太陽は眠る。もちろん実際に見たわけではないが。
こんなことを思い出したのは風が運んでくる薫りがあまりにも地元の空気に似ていたからであった。
私の地元は和歌山である。宝来山の近くにすむ水飲み百姓の次男坊だった。
せいぜい二百人足らずの小さな村だった。傾いた家に、申し訳程度の茅葺きがのせれている一方で、それら底辺を統括する豪商と寺だけは、立派な瓦葺きを利用する。その土地の立場がすぐわかる。そんなよくある小規模なむらだった。そんな中から、最高学府である海軍学校に合格者をだしたことは大変なことであり、村を上げての騒ぎとなった。少しでもお近づきになってむらでの立場をあげようと連日多数の人々が頼みもしない品を玄関先において行った。一方、私はそんな中白けた気持ちで過ごした。
私が猛勉強して海軍学校に受かったのはこのチンケな村から出たくて出たくて仕方が無かったからだ。両親のひび割れた両手、傾きかけのボロ屋、硬いだけの寝床。どれをとってもいい思い出がない。
だがどうして。いまごろになってその光景が恋しくてたまらない。微かな草の匂い。薪を燃やした時にでるアクの臭い。家族の声。ひび割れた茶器の暖かな手触り。
私は泣き出しそうになってしまって、ぐっと目をとじた。
どれだけ訓練がきつかろうが、泣きそうになることはなかった。
それは未来に希望があったからだ。人は前途に陰惨たるものが待ち受けていると途端に悲劇の主人公を選ぼうとする習性がある。
寝てしまおう。
今やれることはそれだけだ。
夜は静けさをまし、心地よい風が窓枠を叩いて回る。
その時、人工的な振動が窓枠を揺らすのが感じられた。

ぅぅぅぅうぅぅぅぅぅぅぅーーーーー

布団を弾き飛ばした。
耳を澄ませる。
この音は。この音は!
響く、うねるような、腹の底から響くこの音は聞き間違えるはずもない!
いままで何十機も叩き落としてきたアメリカの爆撃機に間違いは無かった。
ブワリと汗が額に浮き上がっては、顎を伝っていく。
敵の爆撃は少なくとも空に上がっているうちは的や棺桶ーつまりは何ら恐れる必要のない相手に相違無かった。がしかし、陸のうえでは驚異的な殺戮マシーンとなりうる。
病院一個を消し飛ばすことなど容易であろう。
私は「空襲だ!」とさけび、身をベットの下へと滑りこませようと試みる。
脚が、恐怖のせいもあるのだろう。つかいものにならない。
震える脚は当てにせず。肘だけを使ってベットから滑り落ちる。
全身を熱した油に突っ込まれたかのごとき痛みに思わずうめいた。
遠のく意識を精神力だけでつなぎ留め這いまわる。
ようやくベットの下に移動した時には、もうその濁音は疑いようのないほどに近づいていた。
恐怖の一瞬が訪れる。今身を横たえている床が、恐ろしい意志を持つ化物の体内に身を横たえている錯覚を与えた。握りしめた拳が汗ばみ束ねた指の隙間から溢れ落ちた。じっとりと気温が上がり、息苦しさを直に伝える。生と死の分かれ目がぱっくりと口を開けそこに身をたたえていた。永遠のような一瞬。
唸り声は少しづつこだまをなくしていく。
敵機の音は遠ざかって薄れていき、やがて消えた。少なくともここが爆撃されることは無かったのだろう。
「た、助かった」
思わず声に出していた。吹き出した汗でぐしゃぐしゃになった身の着が呼吸に合わせて上下した。
しばらくはただ呆然とした。そのうちにゆるやかに風が高ぶった神経を洗い流していた。
ほぅと胸を下ろした。
頭のモヤが晴れるにつれて当たり前の疑問が頭をよぎる。
すなわちなぜ本国に敵機が飛んでいたのだろうか。
中国軍の爆撃機は積載量は多いものの、航続力は殆ど無い。
持ってせいぜい30km程度。敵の空母が海上に侵入していると考えるのが妥当だろう。

しかし、空母が侵入できるはずなどない。あれだけの大きい的が大日本海軍の監視の目をくぐって、海上に侵入することなどまずを持って不可能なのだ。
疑問符が頭の上でぐるりと廻る。
結局、その日は興奮と締め付ける嫌な予感から寝ることがかなわなかった。

そのことをハナに告げると幻聴であると返ってきた。
あのような特徴的なエンジン音を間違えるはずもないのだが。そういってなおも食い下がろうとする私の言葉を遮った。
「あなたつかれているのよ」
そっと手が添えられた。
「ずっと空に上がっていたんですもの無理もないわ」

今振り返ってみればあの文字通り光の無い生活において私が耐え切れたのはすべてハナのおかげである。彼女は一流の看護師であっただけではなく、一流の雑談師でもあった。
彼女としゃべっていればたとえ、木の棒が倒れただけであったとしても、一時間でも二時間でも喋り続ける事ができた。
彼女は女性にも関わらず血なまぐさい戦闘の話を好んでいた。
だから私はいろいろな話をした。南方戦線の話、中国大陸での極秘作戦の話、何でもだ。
その全てを彼女は好感を持って、聞いてくれた。
暇な時はよく彼女のことについて考えたりもした。
目が見えないものだから自分で色々とかってに彼女の容姿を想像していたりもした。
色白であるのはまず間違いないとして、どのような顔か、切れ長の目をしていると私好みで嬉しい、唇は厚いだろうか?薄いだろうか?
いつの間にか国に尽くすために目が治ってほしいというよりも、どちらかというと彼女の姿を一目見たいという気持ちが強くなってきていた。

そしてある日それは訪れた。
症状はだいぶ改善しており、光の有無がわかるようになってから数日が立っていた。
彼女が包帯を外した瞬間思わず叫んだ。
「眼が見える!」
間違いなく肌色の丸が目の前にうかんでいるのが分かった。
暗黒と絶望の中にさした色光は圧倒的な喜びと恍惚で背筋を貫いた。私は身を起こしてあれかこれかと探し始めた。
「今見えてるのはなんだい?」
「白衣よ」
「それじゃああのしましま、青と白と黄色の旗はなんだい?」
「先生をよんでくるわ、ちょっとまっててね」
「いやもうさんざん待った」
彼女の手をぐっと引き寄せる。
ずっと、ずっとこの瞬間を待っていたのだ。逃げようとする彼女の手を強く握りしめる。
目の前にかかっていた薄ぼんやりとしたモヤが晴れ始め、彼女の姿がはっきり見えるようになってきた。
そして私は絶望した。
彼女の瞳は青色だった。

あとがき
解説

【単発物ホラー】その瞳は何色か

小説タイトル作者タグ読了予測時間(分)
みっくちゅじゅーちゅ夜空人間系、グロ注意4
その瞳は何色か夜空ミリタリー、人間系5
ドライブKAITO人間系、パッと読み1
トモダチ瀬尾標生心霊系3
犬鳴峠夜空心霊系5
ピアノと妖精瀬尾標生心霊系6
藁人形夜空心霊系、怪奇系4
幻の原稿夜空怪奇系10
サツジンジケン瀬尾標生心霊系、怪奇系5
樹海の中で夜空心霊系20
違和感瀬尾標生心霊系、グロ注意8
ミソカヨー夜空心霊系、怪奇系10
嫌な家夜空心霊系、怪奇系7
悪魔(上)瀬尾標生心霊系、洋風12
悪魔(下)瀬尾標生心霊系、洋風7
鼻(前編)夜空人間系、意味怖10
鼻(中編)夜空人間系、意味怖10
鼻(後編)夜空人間系、意味怖10
(E)scapeGoat瀬尾標生人間系、サバイバル系7
Night Terror瀬尾標生人間系、パッと読み1
隠し家の三悪人(上)夜空人間系10
隠し家の三悪人(下)夜空人間系10
ホクロ夜空意味怖、閲覧注意5
緊急停止初矢粒人間系、グロ注意3
訳あり物件まるけす人間系、都市伝説、一部実話、パッと読み1
迷信不信初矢粒意味怖、心霊系4
産まれて来るキミへまるけす意味怖、心霊系5
魂売りませんか?夜空意味怖、心霊系5
大物youtuber夜空意味怖、心霊系5
後ろ夜空意味怖、心霊系5
鉄の雫初矢粒人間系、グロ注意5
催眠まるけす人間系3
人魚姫その後
夜空意味怖6
ゆうかいなう初矢粒意味怖5
めいにち夜空人間系、パッと読み3
同窓会夜空意味怖5

シェアして貰えると創作の活力に!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA