【ホラー/怖い話】違和感

まさかこんな時間まで飲むなんて誰も思わなかった。五時間だぞ、五時間。それも幾つもの居酒屋を行き来したわけでもなくずっと同じ居酒屋で飲むなんて何考えてるんだあいつは。明日出勤したら覚悟しておけよ。
深夜0時だって言うのに俺はまだ外でぶらついていた。と言ってもこんな寒い街中を徘徊する気は無いので、近くの駅にでも入って電車を待つことにした。基本的に自転車出勤だから、電車は本当に久しぶりに乗ることになる。でもなんでそれがよりによって酔ってる時なんだよ。
改札口に滅多に使わないパスモをかざして、自宅方面のプラットフォームに降りて次の電車を待つ。降りてすぐ、 静かだったプラットフォームは頭上のスピーカーから聴こえるアナウンスによって満たされた。そのアナウンスを聞いた直後、俺は素直に驚いた。
「おいおい、次ので最終かよ。あの時強引にでも出てきて本当に良かったな」
数分後に来る電車を立って待っていられるほど今の俺に体力は残されていないので、空席のベンチに腰を下ろした。溜息を零しながら目前の広告を眺めてると
「あなたも、次の電車に乗るんですか?」と隣から人の声が聴こえてきた。
あ、人居たんだ。やべぇ、酔ってて気づかなかったわ。というか、頭痛いな。
「と、隣いいですか?」
「大丈夫ですよ。貴方も、最終電車に乗るんですよね?」
「は、はい。先程まで会社の人と飲んでいたもので……あ、ごめんなさい。臭いますよね」
「大丈夫ですよ、そんなに気を使わなくても。まだ余り臭いませんし」
「――そうですか」

『……ければ』

「ん?いま何か言いましたか?」
「いいえ、何も言っていませんが?」
確か、何かが聞こえた気がしたんだが、隣の女性は何も話してないらしい。流石に五時間も飲んだから疲れてるのかな。クッソ、これも全部あいつの所為なんだ。最近少し仲良くなったからって調子に乗りやがって。
「大丈夫ですか?」
「え、なにがですか?」
「なにか辛そうな顔をしていましたので」
そういえば頭らへんがスゲェ痛いな。というか、頭だけじゃなくて体の隅々まで痛いな。やっぱり酒強いからって、五時間も飲めばこうもなるか。
「あぁ。ちょっと飲み過ぎて頭がクラクラするだけですよ。半年前に入社してきた新人と二人で酒飲んでたんですよ。結構仲のいい後輩なんですけどね、最近調子に乗ってるんですよ。今日だっていきなり居酒屋行こうって言いだして五時間もそこで飲んだんです。って、なんか変な話してすみません」
たった今知り合った人にここまで話すとか、俺も結構酔ってるな。あぁ、本当にむかつく。あぁ、畜生。全部あいつのせいだ。頭が痛いのも体の隅々が痛いのもこんなに苛立っているのも。全部やつの所為なんだよ。
「いえいえ、話してくださって結構ですよ。それに、少し今の話気になりますし」
それを聞いて、この人物好きだなと思いながらも、話すことを止めなかった。もう知らん。今日は全て吐き出しちゃえ。あ、あの吐き出すじゃなくてね。
「俺、その新人の教育係なんですよ。最初は仕事も頑張る良い奴だなと思ってたんです。皆に愛想いいし、一生懸命だし、礼儀正しいし。俺もそいつを見てると誇らしかったんです。まるで自分の息子のような」
そうだ。最初は本当にいいやつだった。ミスもすぐ直すし、時間が経つほど上達するし、会社の雰囲気だって良くしてくれていた。
「でも、そいつある日を境に変わっちゃったんです。何を言ってもちゃんと話は聞かないし、反抗的と言いますかね、会社に馴染んだからって少し調子に乗ってるんですよ。ちょうど一か月くらいまえからですかね」
『……なければ』
と、また声が聞こえた。確かに聞こえたその声を確認するために隣にいる女性を確認してみる。
でも、女性は目前の広告を見ながら俺の話を聞いていただけだった。疲れてるんだな、自分。早く家に帰って寝ちゃおう。
でも、よくは覚えていないな。確かに一か月まえから急にあいつの態度が変わったのは確かだ。理由なんて知らない。というか、知りたいさ。自分で解決できる問題なら、解決したいさ。
「一か月前に、なにかあったんですか?」
一か月前。あまり覚えてはいないけれど、すぐに思い出せるものとすれば
「確か、そいつと一緒に女房の店で夕飯を食べたくらいですかね。それ以外はあまり思い出せないんですよね」
「いえ、それで結構です」
何が結構なのかはわからないが、まぁこの際どうでもいいか。
というか、疲れすぎて今にでも倒れそうだ。さすがに飲みすぎたか?でも、今までも今日みたいに結構飲んだ日もこれほどまでに辛かった日は無かったのにな。それに、頭ならまだしも身体まで痛いとかおかしいでしょ。
などと考えていると、俺たち以外に誰もいないホームでは沈黙状態が続いた。だが、どうにもその状況に嫌気がさしたのか、俺はいま思ったことを適当に述べてみた。
「……し、静かですね。ここって終電になると誰も使わないんですか?」
そして、自分からそれについて話すことによって、もう一度気づくことになる。
この駅には、誰もいないということを。俺と、隣の女性を除けば。駅員もいなければ、他の乗客もいない。俺とこの女性だけがこの場所に取り残されたかのように。
「お、おかしいですよね。終電なのに人が誰もいなっ――?!」
その時だった。
唐突に、俺はこれの存在に気付く。完全に無防備の状態からの出現は流石に心臓に響いた。
徐々に心拍数は高まり、呼吸困難な状況に陥っていく。
信じたくもない事実を、見たくもない真実を、俺はただいま肉眼をもって目視している。
手に映るそれを見て、胴体に染みるそれを見て、眼に広がるそれを見て、俺は――
「な、なんなんだよ。こ、これ……何が起こってるんだよ」
もしこれが夢なら、誰か俺を覚ましてくれ。こんなクソみたいな夢から起こしてくれよ。誰でも、知らない誰かでもいいんだ。お願いだ。助けてくれよ。誰か、これが夢だって言ってくれよ。本当に誰でもいいんだ。
これが、いま目に見えている出来事が嘘だって言ってくれよ。

「なんなんだよ、この大量の血は?!」

頭の傷口から流れる血、折れ曲がった腕から出てくる血、腸から飛び出す血、首元から噴きでる血、口から零れる血、腹部の切れ口から滴る血。
脚から腕から腹から背中から頭から首から手から胸から指先から眼から口から鼻から耳から
気管から腸から肺から心臓から胃から膵臓すいぞうから肝臓かんぞうから胆嚢たんのうから脾臓ひぞうから賢臓けんぞうから膀胱ぼうこうから
ありとあらゆる場所から、体内の血が流出した。中にとどまっていた赤い液体は外に流れ出し、止まることを知らない。
延々と流れてはひたすら周囲に赤い円盤を作り上げる。
「た、助けて……助けてください!ねぇ!」
「大丈夫ですよ、落ち着いてください」
「落ち着ける、わけ、ないでしょ!助けてください!痛い、痛い痛い、痛い痛い痛い痛い!」
「落ち着いてください。痛いはずないんですよ。その痛みはあなたが生み出した幻想です」
「あんたは何を言ってるんだ!今すぐ救急車を呼べ!今すぐに!いいから、早く!」
「できません」
「……は?!」
「だから、できません。救急車は呼べません」
さっきから何を言ってるんだこの女は!助けてくれよ、こんなに血を流してるんだぞ!死んでもおかしくないくらいに流血して今にでも瞼が閉まりそうなんだぞ!いいから電話しろよ!
『……いなければ』
またしても声が聞こえる。
誰の声かもわからない。誰に言ってる声なのかもわからない。だた、その声は俺の中で何回も繰り返し再生される。不確定な言葉を、何度も何度も脳みそに叩き付ける。
傷口は徐々に広がり、鮮血は辺りを塗り散らし、音は空洞の駅を埋める。
なんなんだ、この声は。なんなんだ、この傷は。なんなんだ、この涙は。
自分の状況すらも理解できない今、隣にはベンチから立ち上がって真横に立っている女性がいた。
「早く立ってください。電車が来ますよ」
「で、電車なんてどうでもいい!いいから、医者を呼べええ!」
「できません。もうすぐ電車が来ますので」
「終電なんてどうでもいいんだよ!俺の命の方が大切なんだ!いいから、俺に従え!」
何でだよ、畜生!どいつもこいつも、なんで誰も俺の言うことを聞かないんだよ!俺が言ってる事に従えばいいんだよ!あいつも、俺の言うことを聞いていればちゃんと出世させてやるのに!あの女もそうだ。俺に従っていれば店なんて開かなくても生活出来たんだ!どいつもこいつも、俺の話を聞かないで勝手に物事をこじらせやがって!
「電車が来ました。ほら、立ってください」
そう、隣の女性は冷静に言葉を放った。
俺のこの様なんて眼中にないかの如く、ただ電車が通るであろう線路を眺めていた。
どんなに俺の血がこの女性の靴を染め上げても、近くで大声で叫んでも、微動だにしない。
そんな女性を俺は睨みつけながら、視界の片隅で一線の光がとおりすぎるのを捉えた。
普通の電車。平凡な電車。
でも、何でだろうか。この電車は何かが違う。
「早く立たないと、電車が出られません。早く立ってください」
扉の開いた電車の中へ向かって、隣の女性は歩き出す。ごく普通の光景なはずなのに、何でこんなに違和感を感じるんだろうか。
「――この電車は、いったい」
「紹介が遅れましたね。この電車は――」
滑らかに動く唇をたどって、今この女性が言ったことを脳が認識する。それを解読し、脳が理解したときには、もう遅かった。
何もかも遅くて、何もかも手遅れで、何もかもが終わっていた。終了の幕が閉じる。終止符は打たれ、次のチャンスはない。
思い出してしまったんだ。全て、思い出したんだ。

『お前なんかいなければ』
ナイフを片手に持つ妻と部下が口にした最後の言葉を、思い出してしまったんだ。

「もう一度言います。この電車は“死後の世界”行きの最終電車になります」

 

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