【ホラー/怖い話】(E)scapeGoat

世の中、誰かを犠牲にしなければ生きていけない事くらい、子供の私ですらわかっている事実である。誰かを地面に蹴落として、上の物を引きずりおろして自分を高めなければ、自分はその目の前の光に辿り着けない事くらい、私でも知っている。知らないわけがない。でも、それを実行するとなると話は別だ。小学校などで学んだことがあると思うが、私たち人間には社会に溶け込むために“道徳”というものを植え付けられている。それが、その社会による洗脳が他人を蹴落とすという選択肢を綺麗に消したんだ。
そして、その汚い選択肢同様、私たちは今、まさに消えそうな事態に陥っている。

「い、いや。もう、嫌!」
「私だって嫌だよ!で、でもさ!どうしたらいいわけ?!」
「アタシだって解らないよ!」
「まま……ぱぱ……」

汚い選択肢が消え、やがて私たちに与えられたのは汚すぎる選択肢だった。存在するのは二択のみ。片方は命の重り。もう片方は情の重り。天秤にかけて、ある時は傾き、ある時は落ち着く、そんな二択。
私たちに与えられた選択肢は、私たちにとっては重すぎた。だから、私たちはその場で立ち止まるしかなかった。右往左往を繰り返しては、最終的に元の出発点へと到着する、そんな状況。
だからこそ、目的が欲しかった。その場から動けるための、動機いけにえが必要だったんだ、私たちには。

「そ、そもそも」

そう語りだしたのは私の隣に座るチエリだった。ボロボロになった髪の毛を何度も手で触りながら、その場に座るみんなに視線を向けた。

孤児院ここから逃げ出そうって言いだしたキリちゃんがいけないんじゃん」

チエリの言葉を聞いたみんなは、一斉にして標的にされたキリの方へと視線を向ける。幾つもの殺気立つ視線を向けられたキリは目をキョロキョロさせながら、チエリに反抗しようとした。

「わ、わたしはただ……みんなを助けたくて……」

確かに、キリは皆を助けたかっただけだったのかもしれない。ただ純粋に、誰かの役に立ちたい。誰かを助けてあげたい。そう考えたかもしれない。
でも、結果的にはその善意が悪夢を呼んでしまったことに変わりはないんだ。

「助けたい?は、何言ってんの、キリ。助けたかったなら、何で私たちはこんな檻の中にいるの!ねぇ、答えてよ、キリ!」
「そ、そうだよ、キリ!アタシ達、友達でしょ?!何で、何でこんな事!」

みんなに集中攻撃を食らいながらも、ただ身を丸めて耳を掌で抑えるキリを見ながら、私は閉ざしていた口を開けた。

「少しみんな落ち着いたら?キリを攻めたって、何かが解決するわけじゃあるまいし」

私の言葉を耳にした四人は一斉にこちらに視線を向ける。怒り狂ったミサトも、怯えているキリも、便乗しているリサも、涙を流しているチエリも、様々な感情をもって私を見た。いろんな感情をぶつけられながらも、私は表情を変えず誰かが口を開くのをただ待つ。

「は?覚えてないの、マコトは?」

覚えていないわけない、そう私はミサトに答えた。
覚えていないわけがない。今にでも思い出せる。あの全てが黒く染まった時のことを。やがて、最後は嘲笑する一人の男の顔しか見えなくなることを。私が、忘れるわけがない。

「私たち、誰かを一人殺せって言われたんだよ!」

ミサトの放ったその言葉に、私はもう一度相槌を打つ。
そうだ。
確かに、彼はこう言った。あの男はいつもよりも不細工な笑みを浮かべながら、こう言ったんだ。
“お前らが選べ。五人の中から一人だけ選んで罰を与えるか、それとも皆仲良く罰を受けるか”
所詮、あの男にとってはこれはゲームなのだ。自分の予想が当たっているか間違っているかという、ただの娯楽なんだ。
そして、私たちはただの駒に過ぎない。何もできない、ただの小さな駒。どんなに足掻いても、もがいても、私たちの手はあのプレイヤーには届かない。

「知ってるよ、ミサト。今でもちゃんと覚えているよ」
「だったら、分かってるんだろ!こいつを差し出したら、私たちは助かるんだ!」
「そ、そうだよ!キリを殺せば……!」
「ねぇ、全員さ。パニくってないで、少し考えてみてよ」

そうさ、少し考えれば答えなんて簡単に導き出せるんだ。ただ、今はみんな何かを考える余裕なんてない。ただ、ひたすら目の前に与えられた選択肢を選ぶことしか出来ないんだ。
でも、その選択肢すらみんなはハッキリと見ていなかったんだ。自分が望むように現実を捻じ曲げ、裏切られるまでそれを疑うことをしない。でも、もう気づいた時には遅いんだ。もう既にゲームは終わっていて、誰の手によっても改ざんすることは出来ない。
だって

「もう私たちは逃げられないんだよ」

その言葉を聞いて、全員が凍り付いた。一人は全力で私の言葉を拒否するために、一人は私の言葉を理解するために、一人は真実を受け入れるために、一人は頭の空白を埋めるために。

「そ、それってどういう」

保たれた沈黙を壊したのは、端で怯えていたキリだった。

「考えれば直ぐに解る話だったんだ。ただ、少し考えればよかったんだ」
「だから、それが何なのかって聞いてるんじゃん!」
「なんでさ、みんな」

理解できないわけじゃない。こんな状況で、冷静になって考えられる自分が逆に異常ってのも解ってる。自分でも驚いてるさ。普通ならみんなのようにパニックになってロクな考えが浮かばなくなる。
でも、本当はそっちの方が良かったのかもしれない。
知らぬが仏ってやつなんだろう。

「なんで、あの男が言ったことを、そんなにも簡単に信じてるわけ?」

そうだ。簡単に信じていいわけがない。
これはゲームなんだ。それ以上でもそれ以下でもない。ゲームが終われば私たちはいつも通りの最悪の日常が続く。
でも、ゲームマスターであるあの男が、ゲームのルールに従う必要はない。逆にゲームのルールを改ざんして自分が思うがままに出来るわけだ。
即ち、

「私たちが誰かを犠牲いけにえにしても、私たちが罰を受けないとは限らない」

それが私たちに与えられた選択肢なんだ。
こちらを選んでも、あちらを選んでも、最終到達点は同一。何をやっても、どうやっても、最後に見える未来は唯一。
だったら、と私は考えた。

「もう諦めるしかないんだよ。何をやっても解決されないんだから」

逃げて、逃げて、そして辿り着いた先が檻の中。どんなに手を伸ばすことが出来ても、その先へは行くことが出来ない。どんなに必死になっても、どんなに努力しても、結果は変わることはない。
だから、諦めるしかないんだ。

「そ、それじゃ、もう……」
「もう、ダメじゃん。何もかもが終わってんじゃん」
「罰……嫌だ、あそこには戻りたくない。見てよ、アタシの爪。これ全部さ、一枚一枚ゆっくりと剥がされたんだよ。もっと痛みを感じれるように、もっとアタシを苦しめるために!」

徐々に、皆の表情が暗くなっていく。絶望に浸り、浸食されていく道標をただ見つめるだけ。対抗することなく、抵抗することなく、その場に立ち止まって現状を認識するだけ。

でも、その中で一人だけ、何かが違った。

「――まだだ」

口を開いた彼女は、その言葉の続きを吐き出す。

「――まだ、終わってない。まだ、私たちは逃げられる……ハハハ、ハハハハハハハハハ、ハハハハハハハハハハッハハハハハハハハハハハハハハッハハハッハハッハハハハハハハハハッㇵッハハハハ!」

理解できなかった。私たちに与えられた選択肢はたった一つ、あの男の思惑通りに動くだけだったはずだ。最初から逃げ道なんて存在しなく、ただひたすら盤上で滑稽に踊ることしか出来ない。
でも、彼女は違った。
ミサトは、違った。

「それは、どういうこと?」

ミサトの言動に最初に口を開いたのはリサだった。

「アタシたちはもう、何も出来ないんでしょ!」
「何を言ってるの、リサ?何も出来ないわけないじゃんか」
「じ、じゃぁ、何があるっていうのよ……ねぇ、ミサト!」

一度は理解したんだ。私たちには抜け道はないと。でも、全てはミサトの言葉で壊れ果てた。蓄積された苛立ちと悔しみと悲しみが、壊れては再構築し、グチャグチャになって私たちを攻撃する。

「これだよ、ハハッ、おぉ丁度いいサイズだね~」

そういってミサトが拾ったのは地面に転がっている手の平サイズの石だった。それを投げては掴み、投げては掴みを繰り返しながら、またミサトは口を開いた。
「何みんな怖い顔してんの?ほら、私たち逃げられるんだ!こんなクソみたいな場所から逃げられるんだ!なのに、なんて顔してるんだよ」

それは、こっちのセリフだよ、ミサト。お前こそ、

「ミサトこそ、なんて顔してるんだよ」
「は?今私の顔について話してねぇし!どうでもいいんだよ、そんなこと!ほら、皆喜びなって、な?逃げられるんだよ」

なんなんだよ、その狂ったピエロのような表情は。
目は充血して真っ赤に彩り、唇は鋭く笑みを浮かべ、声は狂った笑い声で歌う。
解らない、何も解らないんだ。ミサト、お前は何が言いたいんだ?

「はぁ、だからさ、喜べっての!みんなで出られるんだっての!」
「だから、どうすれば出られるのかって聞いてるんじゃん!ま、まさかそれで檻を壊して逃げるだなんて言う気じゃないよね?」
「ハハッ、それ面白いね、チエリ。ハハッハッハハッハ、はぁ」
「わ、笑い事じゃないって!どうやったらアタシたち逃げられるの?!」
「あぁ、もううるっせぇな!今から見せてあげるから、そこで見てろ!」

そこで、私はやっと気づいたんだ。本当は、きっとミサトが石を拾った時から気づくべきだったんだ。気づいて、止めていれば、少しは変わっていたかもしれない。
でも、もう遅い。そう、脳が理解していた。
ミサトがキリに向かって歩いていくのをみて、私は理解したんだ。

「――こ、来ないで!こっちに来ない――っ!」
手を伸ばして、足元でも掴んで止めるべきだったんだ。

「よっこらせっと」
その手を振り下ろす前に、私は止めるべきだったんだ。

「っが!やめッ……イダイッ!あ、ぁ……っ」
何もかもが狂ってしまう前に、止めるべきだったんだ。

見たこともない景色が広がる。嗅いだことのない匂いが広がる。感じたことのない恐怖が広がる。
やがてそれは充満し、私たちを隅々まで犯していく。
首元から噴水のように、見たこともない量の血が暗がりの部屋を飾っていく。壁にはいくつもの紅桜が咲き、その根元に一人の少女が眠っている。

「――は、はは、はははははははははっはっはははあああはっはああははっははははっはははあっははははっは」

笑いが弾けた。真っ赤に染まったその顔に浮かんだのは、満点の笑み。何の曇りもない、喜びに満ちた笑顔だった。予想だに出来ないほどの、笑み。
あぁ、聞こえる。何もかもが崩れ落ちていく音が。誰もかもが途切れていく声が。あぁ、こんなんだったのだろうか。私が求めたのは、こんな狂いに満ちたものだったのだろうか。
違うはずだ。違うはずなんだ。

でも、もうどうでもいいや。
もう、どうなったっていいや。

「みんなで、死ねばな、逃げられるんだよ!ほら、リサ!お前もこっちに来いよ!一緒に逃げようぜ!」
「い、いや!やめて、近づかないで!アタシ、まだ死にたくない!」
「ね、ねぇ、ミサト。これぐらいの大きさの石でも、出来る?」
「ほら、みんなで一緒だ!ほら、ほら、ほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらら!」
「ギャアアァァァ!やめッ、ぎゃめでッ!イダイ、イダイダイダイダイダイダイダイダイダイダイダイ、イダイ!死ぬ!、死んじゃう!アタシ、死んじゃ……ギャッ!ゴフォッ!マゴドぉ……だずげぇ……ッ」
「よし、また一人脱出した。次はチエリ、お前の番だ」
「ミサトも、一緒に逃げればいいじゃん。ね、私が殺してあげる」
「イダイ!イダ……ハハハ!ハハハハハハハ!っははっはははははっは!」
「ゲファッ、ガアァ!ハハ、これで、私たち、逃げられるわけね。は、ハハハハッハハ!」

もう、どうにでもなってしまえ。
全て、狂ってしまえ。
何もかも、消えてしまえ。

男は時間通り、檻の中を確認するために目的地へと向かう。男の足取りは軽かった。ただ、男は結果が待ちきれないのだ。自分の予測が合っているのか、それとも異なっているのか。それだけが男の頭の中に詰まっていた。
でも、徐々に檻に近づくにつれて、男は違和感を感じた。足取りは檻から聞こえる音が大きくなるにつれ徐々に重くなり、男は檻の中を確認することすら躊躇した。
それでも男は必死に謎の恐怖心に抗って、檻の中を両目に映し出した。

「――っな!なんだこれは!」

男の目に映る光景、それはまるで拷問所のようだった。肉片からは血塗れた骨が突出し、石の壁は全面が真っ赤な血で塗りつぶされていて、抜き取られて地面に転がっていた目玉が男の目玉を覗き込んでいた。

「なぁ、見えるか」

その地獄の中、少女は口にした。涙を流しながら、狂気じみた笑顔を浮かべる少女は、倒れそうになりながらもその場に立って、男にこう告げた。

「――私たち、の、勝ちだ」

そう言って、少女は首筋に生暖かい石を突き刺した。

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