【ホラー/怖い話】EYES WIDE OPEN【HUSK】

「これが頭ですか?」
妻が言った。
「ええ。もう大分赤ちゃんですね」
医師が言った。
大分赤ちゃんですねってなんだよ、と俺はおかしくなった。
八ヶ月目の今日、妻のおなかにエコーをあてている。
母子共々健康。予定は二ヵ月後の今日。生まれてくる子は女の子。
我がことながら実に恵まれていると思う。
別に高齢出産というわけでもないし、その他異常があるわけでもない。
いたって通常の出産だ。だがこればかりはその「通常」というのがありがたい。
とはいえモニターに映る我が娘をみて、俺は父親になるんだ、という実感はわかなかった。言い方は悪いが、猿のなりかけみたいのがスースー眠っているのをみても、愛おしさは沸かなかった。おそらく、そういうのは実際に我が子を抱いて思うのだろう。
我が子もそうだが、今は妻の健康状態が心配だ。職場に無理を言って休暇をもらっている。家事を俺がやるためだ。女性は出産があるから、という理由で女子をとらない会社もある昨今、めずらしいと思う。ありがたい。
「これが目ですか?」
妻が医師にたずねた。
「ええ。おっ。開いてますね」
モニターの我が子。確かに目を開いていた。ギョロっと大きな目がこちらを向いている。
「わっ。なんか怖い」
笑いながら妻が言った。
「おいおい。怖いなんて言っちゃあサツキが怒るぞ」
サツキってのは娘の名前だ。俺と妻の好きな、アニメ映画の人物から名前をもらった。
サツキは俺のことを見つめていた。
「みろよ。俺のことみているよ」
妻に向かって言う。
父親になる実感はない、とは言ったものの心のどこかできっと嬉しいのだろう、と自己分析をしてみる。
……とこのように。
サツキは俺のことをみつめていた。エコーを撮るたびに。
俺がエコー室のどこにいようと、必ず俺のほうをみていた。
俺のことがみえているんじゃないのか、と思うほどにだ。妻のおなか越しに? 実際に俺がみえている? バカらしいのもいいところだ。だが、九ヶ月目にはバカにできなくなっていた。あるときのことだ。俺がエコー室に入った瞬間、サツキが目を開いたのだ。もちろん視線は出入り口に立つ俺に。
こんなことがありうるだろうか? 胎教という言葉があるくらいだ。確かに胎児が胎外のことに興味を示すこともあるが、妻、医師、看護師と、俺以外にも人間はいる。なのに、何故俺ばかりサツキはみつめるのか。
その日もサツキは、俺が去るまで、俺のことをみていた。
もちろんはじめうちは喜んだ。
が、エコーのたびに、サツキのギョロ目が瞬きのひとつもせず、俺を射抜くように見つめている……とくれば、喜びはなりをひそめ、次第に薄気味悪さがわいてくるものだった。
羊水のなか、暗闇の世界でサツキは何を思うのか、何故俺を見つめるのか。これがわからないのはストレスとなっていった。
調べど、何故サツキが暗い胎内から俺をみつめなければいけないのか、判然としなかった。
医師はノンキに、お父さんっ子なのかもしれませんね、と独り言を言っていたくらいなので、あてにならない。
大分参っていたのだろう。
気づけば俺は、大学時代の知人宅前に立っていた。ボロ団地の影になって、お日さまの光があたらないアパートだ。そのせいか、どことなくじめっとしていた。
いわゆるオカルトサークルの代表をしていた、××という女だ。おそらく意識してか、当時は貞子みたいな髪型をしていたようなやつだ。自称・霊感の持ち主だそうだ。
彼女とは一度だけ授業を一緒になったことのある程度の仲だ。共通の知人がいるでもなければ、他に接点があったわけでもない。
そんなほぼ他人のインチキヤロウにすがるほど、俺は参っていたのだった。
古臭い陰気な木製アパート。二階建て。チャイムは電動式ではなかった。押すと、ピンコン、と心地よい音がするやつだった。
あいてますよー。
と中から聞えた。
「あの、えっと、」
誰が来たからもわからないのに、あいてますよー、何ていうか? 普通? と俺がとまどっていると、さらにひとこと。
「○○くんでしょう? どうぞー」
と気の抜けた声が聞こえてきた。
どうして俺が来たとわかったのか。
正直気持ち悪かったが、たまたまベランダから俺が来るのがみえたのだろう、と無理やり納得することにした。
「やほ。お久しぶり」
××は当時よりかマシな風体をしていた。腰まであった髪は胸もとまでの長さになっていたし、(前髪で)まったく見えなかった目もとも、今はしっかり見える。意外にも××は美人だった。美人つうか、可愛い系、というやつか。
「やー。そろそろ来る頃だと思ってたんだよ」
××はこんな話し方をしていたっけ? といぶかしんだが、貞子みたいなのにお前は呪われているー! どーん! と不幸を売るセールスマンみたいに宣言されるよりかはいい、と俺は思った。
「あのさ。急で悪いんだが」
「いーよいーよ。気にしないで。どんどん言っちゃって」
つうか××は機嫌がよさそうだった。座布団に腰掛けるよう俺にすすめ、お茶なども持ってくる始末だ。
「おセンベイ食べる?」
「いや。いい」
「あ、そう。おいしいのに」
ご機嫌にこんな話を聞かれてもなあ、とも思ったが飲みこみ、切りだす。
「もうすぐ娘が生まれるんだが、どうもおかしい。エコーってあるだろ? 超音波で胎内の映像とるやつ。あれで娘のことを何度か見たんだけどな……」
「おなかの赤ちゃんが、○○くんのことを見つめているとかー?」
もはや一々驚くのはやめた。伊達に霊感がある、と吹聴していたわけではないのだと、納得することにした。
「ああ。その通りだ。それが気持ち悪くてしょうがないんだよ。あの、その。やっぱり……」
××はパリパリとセンベイを食べながら言った。
「原因は霊的なものなんじゃないかって思うわけね」
「……色々調べたがな。それもひとつの可能性だと思って」
「相変わらず○○くんはまどろっこしいなー。素直に妖怪のせいかも、って言えばいいじゃん。あっ。この場合、妖怪じゃないけれどっ」
相変わらずと言われるほどの仲じゃなかったよな? と思う。
「やっぱりそうなのか。サツキが俺のことをみてんのは……霊的な原因なのか?」
必死だったのだろう。知人とはいえ怪しげな女に、産まれてくる我が子の名前を教えてしまっていることに、気づきすらしなかったのだから。
「んー。詳しいことはわかんないけれど」
と××は前置きして言った。
「みえてるんじゃない? ○○くんのこと」
それまで、普通な感じだったにも関わらず。
このときばかりは、そう言った××の口は、三日月のように歪んでいた。
目がやけに笑っていた。
……。
十ヶ月目にサツキは産まれた。
結局、サツキが俺のことを見つめていた原因はわからずじまいだったが、いざ産まれてみると、それまで抱いていた恐怖はうそのように消えうせた。
やはり可愛いものである。
サツキはよく俺に懐いた。
産まれてから一年と少し経った頃だ。
サツキがはじめて言葉を口にした。
「パパ」
サツキが産まれてくる前、妻と、パパママどっちが先に呼ばれるか、と競っていたが俺に軍配があがったのだ。
よだれかけに大量の唾液をたらしながら、サツキは、
「パパ。パパ」
と連呼する。
俺は思わず妻に自慢した。
「ママより先だったぞ。やった!」
だが妻は浮かない顔をしていた。そんなにパパが先だったことが、ショックだったのだろうか、と俺が思ったときだ。
妻は言った。
「サツキ。あなたのパパは、もういないのよ」
は?
何を言ってるんだ? そんな面白くもない冗談。
妻は、サツキを抱き寄せて続けた。
「パパはね、あなたが産まれてくる前に会社に殺されたの」
いい加減にしないと怒るぞ、と言おうとしたときだった。シーリングライトが、何かに反射して眩しかった。
光をはねかえしたものは妻の化粧鏡だ。
鏡面には、妻とサツキの姿のみが映っていた。
サツキは虚空にむけて、手を振り、パパと言っていた。
その時思いだしたのだ。
俺の会社が、育児休暇なんかくれるわけのない、ブラック企業だったこと。
休暇をくれるどころか、俺の申請が上司の逆鱗に触れ仕事量を増やされたこと。
その挙句に、俺が過労死したこと。
もうひとつ、わかったことがある。
××が「みえているんじゃない?」と言った理由だ。
あれは――

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