◇
食堂に着いた俺達はお弁当を食べながら廊下での出会いの余韻に浸っている。
たまたま教室から逃げ出して、たまたまユナが飛び出して、たまたま迷っていた榊さんとぶつかった。
今まではモニター越しで雲の上の存在だった榊さんとの出会いはまさに奇跡と呼ぶに相応しく、偶然とは思えず運命さえも感じてしまった。
ユナは右手に持った箸でダシ巻き卵を口まで運んだ後、反対側の手で携帯端末をいじり、先ほど登録されたメールアドレス宛の本文をどう書いたものかと悩み、咥えたままになっている箸の先を甘噛みする。前にも思ったが可愛い仕草ではあるのだが、やはり行儀が悪い。
隣に座るコウヤに助言を受けながらメールの本文を呟くように口に出して入力していき、最後まで終わると「文面変じゃないかなっ?」と確認を求めて画面をこちらに向ける。
入力された本文は『拝啓榊将義様』から始まり『たなびきたる』で結ばれていて思わず吹き出しそうになる。
「うっ、うん……。駄目だと思うぞ? なんで後半古文になってんだよったく……こんなの名前と連絡先だけでいいんだよ」
「えーっ? シンプル過ぎじゃん! ナユっ、他人事だと思ってテキトウな事言ってないっ?」
的を得た指摘に少しギクリとしたが敬語を履き違えている文章よりは多少フランクな文面の方がまだましだと説得して本文を書き直させる。
「……送信っと。なんか緊張するねーっ」
携帯端末を机に置いて右手の活動を再開させたユナは新たなダシ巻き卵を箸でつまむ。
するとその瞬間、携帯端末が音を立て振動する。
一報を入れてから一分も経たずにメールが返ってきた。
これほどに早いと送信エラーで送り返されたのではないかと心配になるが、送信者の欄には榊将義としっかりと表示されていて返信メールだと分かる。
「うわッ! 榊さん、オレの妹よりメール返すのはえーッ」
コウヤの妹がどれほど早いかは知らないが、現役女子中学生と多忙の榊さんを比較していいものだろうか。
まさかとは思うが、まだ道に迷っていて携帯端末を片手に右往左往していたりしてないかと心配になる。
「やたーっ! 二人とも見て、見てっ!」
文面を見たユナはダシ巻き卵をお弁当箱に戻し、目をキラキラさせながら俺達に画面を交互に見せてくるが一瞬過ぎて文面を読むことが出来ない。
俺は携帯端末を取り上げるとコウヤと肩を並べて一緒にメールの内容を読む。
『やあやあ廻結名くん。丁度良かった、つまらない話し合いに飽き飽きしていたんだ。ところで今夜よかったら一緒に食事でも如何だろう? 予定していた会合が中止になってね、そのレストランで構わないならばの話だが。席には余裕があるからお友達と三人で来てくれないだろうか?』
今日は夢としか思えない出来事の連続で嘘みたいな日だ。
まだ知り合ってからそんなに経っていないのに、願ってもいない食事のお誘いを受ける。偶然の出会いから運命の歯車が動きだしハッピーエンドへと歩み始める、まるでゲームの主人公にでもなったかのようだった。
道の角でぶつかれば恋に落ち、廊下の角でぶつかれば夢が叶うらしい……。
「ねっねっ! 社長さんだし、きっと高・級・な・レストランだよねっ! ふっふっふ。私のおかげだよ! 私がぶつかったから! 崇めなさい!! 二人とも感謝してよねっ!」
まあ結果としてはこうなったが、不注意で他人とぶつかったのを正当化するんじゃないと言ってやりたい。
でも、感謝はする。そりゃもう、大感謝祭を開催して夜通し舞を奉納し続けるレベルで。
さっそく、祭りを始めようとするとコウヤが悲痛の叫びをあげた。
「「ッこ、今夜? マジかよーッ! オレ今日は妹に家事当番押し付けられてて早く帰らねえといけねえんだー!!」」
「そっか、じゃあ仕方ないよねっ……。残念だけど、断ろうかっ」
「いいよ、ユナちゃん……。この前妹の約束破ったからしかたない!」
「そっ。じゃあコウヤは行かないのねっ!」
「あアーッ! ユナちゃん待ってッ! 後生だから! てか切り替えはやッ! 妹に聞いてみるからちょっとだけ時間をくれ!! 下さいお願いしますッ!」
断る決心がつかないコウヤは妹を説得しようと携帯端末を取出して電話を掛ける。
他人が電話している光景というのは実にシュールで見ていて飽きない。ヘコヘコと頭を下げ、納得できなければ俯き視線を落とす。
実際に面と向かって話さない方が二人の力関係や会話の流れが露出するというのは実に面白い現象だと俺は思う。
それからほどなくしてコウヤは携帯端末を耳から外すと涙ぐみながら小さな声でつぶやいた。
「ダメだって言われた……」
「コウヤぁ……。別の日程にしてもらおうか?」
「いや、オレ個人の予定に大企業の社長様を振り回す訳には、いかない……だから、いかない……」
「そっかぁ……。んー。しかたないよね。じゃあ、ナユは今夜大丈夫だよねっ? 二人で行くってメールしてもいいっ?」
イカナイイカナイとうまい事言ったつもりなのか、こんな時でもボケを忘れない所さすがだと感心するがユナはそれほどではないようで冷たくあしらう。
体を張ってボケたのに報われないコウヤが可哀想に思えて、仕方なく俺もボケに走ってみることにする。
「強いて言うなら昨日録画した深夜アニメを――」
「はい。送信っと」
くだらないことを言いきる前にメールを送信してフライング気味のツッコミを入れられた。最後まで聞かないなら最初から聞かないでよ。
そもそもは冗談を言った俺が悪いのだけれども、最近何だか厳しい対応をされている気がするな。
「はあ……せめて明日なら、明日ならオレも……鬼妹めッ、……畜生」
「お肉かなっ? お魚かなーっ? お野菜でもいいなあっ……えへへっ、楽しみぃーっ!」
妹の許可が下りず咽び泣くコウヤを情け無用にスルーするユナは別のことで頭が一杯のようで体を左右に揺らしながらご機嫌な様子だ。
…………。
放課後になり、指示されたとおり校門で待っていると教職員用の駐車スペースの方から庶民の想像の遥か上を行くメチャクチャかっこいいスーパーカーが近づいてくる。
車に詳しくない俺でもそれが超高級車だと判断できた。
ついつい写真を撮りたくなるその車は校門の脇に停車すると運転席側のパワーウィンドウが開き、中から榊さんが顔を出す。
「年寄は話しが長くて困ったよ。待たせてしまったね。さあ乗ってください」
言われるままにリアシートに乗り込むとアイドリングしていたエンジンが爆音を響かせた。
「時は有限ですからね、奪われた分急ぎましょう」
そういうと榊さんは勢いよく車を走らせた。
あっという間に街中を抜けて高速道路に乗り、一際大きな唸り声をあげながら急加速した車は巡航速度に達して車内が静寂に包まれる。
目的地に着くまで黙ったままなのもアレなので運転の邪魔にならない程度に榊さんに話しかける。
「……榊さんは自分で運転するんですね? てっきり、運転手とかいるのかと」
榊さんの運転は快適で文句の付けどころがないのだが、お金持ちは運転手さんが運転する車に乗っているイメージがあったので、疑問に思いどうしてか聞いてみた。
「いい質問ですね。普通は、そうでしょうね。でも私は、他人に運命を委ねるようなまねはしない主義なんですよ。未来は自らの力で切り開く。そう努力しているんだ」
はははと笑いながらくだらない質問に答えてくれたのを良いことに俺は他にもいくつか質問をして、初めて乗ったスーパーカーでのドライブを満喫した。
話しているうちにいつの間にか下道を走っていることに気が付き、窓の外を覗いたユナが歓声を上げる。
「すごーいっ! 大人の街だーっきれいーっ!」
煌びやかなイルミネーションで彩られた建物がずらりと建ち並ぶ光景に圧倒される。車で一時間もいかずにこうも街並みが変わってしまうとは……どこだよここ未来? どうやらこの車はスーパーカーなどではなくタイムマシンだったようだ。
完全に御上りさん状態の俺達に「もうすぐ着きますよ」と告げた榊さんは少し呆れたような苦笑いをしていた。
そうしている間に目的地に到着し、車から降りるとそこは庶民を寄せ付けない高級感あふれる店構えのレストランにユナの興奮はピークに達して満面の笑みを浮かべる。
「フレンチだっ……! 凄く高そうなお店だよナユっ! でも、さすがにちょっと遠慮しちゃう……なぁ」
「あ、あの榊さん? 凄く高そうなお店なんですけど……」
「ははは、そんなことありませんよ。他よりほんの少ししか変わりません。今日は一切遠慮しないで食べてください。」
「やったーっ! ごちそうになりまーす!!」
榊さんがそういうとユナは目をかがやかせてお礼を言った。
そうして、お会計のゼロが一つ二つ増えるのを『ほんの少し』と言えてしまう榊さんに連れられ店内に入ると、背広姿がよく似合う美人なウェイトレスさんに案内され奥の個室へと通される。
椅子に座ろうとすると腰かける瞬間にスッと椅子を押されて膝が折れ、驚いた表情をするとウェイトレスさんに「失礼しました」と謝られて反射的に「あっいえ」とこちらも頭を下げてしまう。
当たり前だし嫌がらせではないだろうけど、これはどういったサービスなんだ?
暗めの照明と高そうな置物に、何処からともなく聞こえるメロウなピアノ演奏、学生服姿の子供には不釣り合いの空間に恐縮してしまい緊張で足は震え口の中が渇く。
「お客様お飲み物は如何いたしましょう」
「み、水……とか? とりあえず……」
「銘柄等のご希望はございますか」
え、銘柄? 銘柄ってなんのことだヤバい、やらかした。嘘だろ、榊さんの世界では水にまで種類が有るのかよ。
とりあえず、のどを潤したいだけだし……水道水でいいんだが……。
飲食店といえば『御冷』と『おしぼり』が最初に出されるのが当たり前なんだと思っていたが、どうやらそれは庶民を対象にした店特有のサービスのようで高級レストランでは『ミネラルウォーター』と名称が変わり銘柄を指定して注文しないと出てこないらしい。『おしぼり』に至っては折り紙のように飾り付けられてテーブルの上にセッティングされている……『テーブルナプキン』と呼ぶらしいが触るのが怖いほど綺麗に飾られていてもうどうしていいか分からない。
「あっ、私はオレンジジュースくださいっ! ナユっホントに水でいいの?」
「ははは、では私もオレンジジュースにしましょうか。それから彼にも同じものをお願いします」
初めての本物レストランで完全に上がってしまい、無駄に姿勢良く座り冷や汗をかきながら目を回していると見かねた榊さんがリードしてくれた。
きっと心の中で俺をあざ笑っていると思ったが、最後まで悟りを開いた修行僧のような落ち着いた表情のままオーダーを取り終わると「かしこまりました」と軽い会釈をしながらウェイトレスさんは部屋を去って行った。
◇第25話
各話 | サブタイトル | 作者 |
---|---|---|
登場人物紹介 | こちら | NORA×絵師様 |
プロローグ/第0話 | 主人公補正 | KAITO×NORA |
第1話 | 偽りの始まり | KAITO×NORA |
第2話 | A.シャンプー | KAITO×NORA |
第3話 | ミス・パーフェクト | KAITO×NORA |
第4話 | 馬と鹿 | KAITO×NORA |
第5話 | 忍者だってッ | KAITO×NORA |
第6話 | トレードオフ | KAITO×NORA |
第7話 | 正義と欠陥 | KAITO×NORA |
第8話 | 死に急ぐ者 | KAITO×NORA |
第9話 | 友の追悼 | KAITO×NORA |
第10話 | 四番モニター | KAITO×NORA |
第11話 | ボーナススコア | KAITO×NORA |
第12話 | 試験範囲 | KAITO×NORA |
第13話 | アルファリーダー | KAITO×NORA |
第14話 | トレジャーハント | KAITO×NORA |
第15話 | チェックシート | KAITO×NORA |
第16話 | レバガチャ | KAITO×NORA |
第17話 | 記念写真 | KAITO×NORA |
第18話 | 手応え | KAITO×NORA |
第19話 | 仲裁 | KAITO×NORA |
第20話 | 気遣い | KAITO×NORA |
第21話 | 不貞寝 | KAITO×NORA |
第22話 | ナカヨシ | KAITO×NORA |
第23話 | ハーフタイム | KAITO×NORA |
第24話 | ルート分岐 | KAITO×NORA |
第25話 | リアシート | KAITO×NORA |
第26話 | レストラン | KAITO×NORA |
第27話 | 夜の景色 | KAITO×NORA |
第28話 | アクビ | KAITO×NORA |
第29話 | ネクタイ | KAITO×NORA |
第30話 | ドラゴンブレス | KAITO×NORA |
第31話 | 尻尾 | KAITO×NORA |
第32話 | 反省会 | KAITO×NORA |
第33話 | ノーデリカシー | KAITO×NORA |
第34話 | 待ち時間 | KAITO×NORA |
第35話 | キョウイ | KAITO×NORA |
第36話 | リプレイデータ | KAITO×NORA |
第37話 | 初見明人 | KAITO×NORA |
第38話 | ラクガキ | KAITO×NORA |
第39話 | 模範解答 | KAITO×NORA |
第40話 | レシピ | KAITO×NORA |
第41話 | 実技本戦 | KAITO×NORA |
第42話 | ファーストブラッド | KAITO×NORA |
第43話 | 絶望と記憶 | KAITO×NORA |
第44話 | 試験開始 | KAITO×NORA |
第45話 | 醍醐味 | KAITO×NORA |
第46話 | 作戦開始 | KAITO×NORA |
第47話 | 必殺の一撃 | KAITO×NORA |
第48話 | 全力の結果 | KAITO×NORA |
第49話 | ルールの思惑 | KAITO×NORA |
第50話 | 閉会式 | KAITO×NORA |
第51話/第一部完結 | 優勝チーム | KAITO×NORA |
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