【ホラー/怖い話】夢幻招来【波瀬川 多聞】

人生には一度、言葉では説明できない複雑怪奇なことが必ず訪れると、僕は何かの本で読んだことがある。
何を唐突にと思うかもしれないが、これがあながち的を射ていることなので案外馬鹿にならないものだ。ただ残念なことに、大抵こういった類の噂話は、やれ流言飛語だ風言風語だと言われて揶揄されることの方が多い。挙句の果てにはそのことが口火となり、あることないことを吹聴する輩が現れたりもする。何度かそういった現場を目にする機会がなかったわけではない。
つまるところ人というのは、正体不明な謎の何かや、常識の範疇に当てはまらないものを頑なに受け入れようとはしない生き物なのだ。現に僕も一週間前までは、恥ずかしながらそういった筋の人間だった。
では今ならもう違うのかと問われれば、残念ながらそこまで劇的に変わってはいない。幽霊なんて存在しないと思っているし、ツチノコとかUFOとかの根拠の乏しいものも存在しなくて当然だと思っている。
ただ、それでも常識の範疇の外に位置する存在が、時に僕らの世界に舞い降りてくることがあるのを、僕は知っている。
オカルト何て存在しないとは思う。だけど、それは僕たちの世界での常識だ。きっとあちら側には、その認識を根底から覆すものがたくさんある。
そう思わせてくれる夢幻の存在に、僕は出会った。

時は、一週間前に遡る――――
「クソッ!!せっかくの肝試しだってのに、何が悲しくて男二人で暗がりを歩かなきゃいかんのじゃ!」

溜まっていた鬱憤を爆発させるように、秋山 修治(あきやま しゅうじ)は高らかに叫んだ。

「仕方ないだろ?男子が12人で女子が10人、くじ引いた結果僕らがあぶれたんだから」

淡々と諭すように藍田 貴一(あいだ きいち)が言った。

2人は現在、高校の宿泊研修のイベントで、泊まる宿舎の裏手にある夢見山という場所で行う肝試しに参加していた。
本来なら、男女一組がペアとなって夢見山の山道を登り、頂上の展望台にある社に行って、そこにある札を取ってから帰って来るというものなのだが、くじであぶれた二人は、なんのときめきもないテンションで、修治は愚痴を垂れながら、貴一は無感動の状態を保ちながら、ただひたすらに螺旋状の山道を登り、頂上を通って下山する段階にまで来ていた。

「しっかし、先生たちも過保護すぎるよな。こんな物渡さなくても別に遭難したりなんかしねえってのに」
そういいながら、修二はポケットから一つの端末を取り出した。
GPSで居場所を管理し、どの時間帯にどこを歩いていたかを記録する、あるセキュリティ会社から借り受けた安全管理を徹底するシステムが搭載された端末だ。軽く説明を受けたが、端的に言うとこれ一つあれば仮に遭難したとしてもすぐに発見できるようになっているらしい。貴一たちは、その端末を一人一つ持たされている。

「あーあ、女子と一緒だったらもっとキャッキャウフフでムフフなことができたのに」
「なんかそれ修治が言うともの凄く卑猥に聞こえるよね」
「なんだと!?それは俺が――――」

貴一の物言いに軽く激昂した修治は、貴一の耳元で大音量の声を叩きつける。それを貴一は耳を塞いで遮断したので、途中修治が何を言っていたのかは分からない。その時貴一は歩きながらこの後部屋に戻ったら何をするかを考えていた。
その時だった。
不意に貴一の視界に何やら不可解な影が過ったのは。

「なんだあれ?」
「あ?どうかしたのか?」
「・・・・・・」

修治の問いを無視して、貴一は自分から見て右側の方を注視した。
なにやら言葉では言い表せないようなものが自分の横を気がしたが、気のせいだったのだろうか。

「ん?なんだこの道」

見間違いだと思い目線を外そうとした時、貴一は自分の目の前に山を下りるもう一本の道があることに気づいた。どうやら真っ暗な環境にいたせいで認識できていなかったらしい。
そのとき、先ほど見かけた不可解な影が再び視界に入る。だが今度はある程度像がハッキリとしたものが貴一の目に映った。

「あれは、女の子か?」

後ろ姿が見えただけだったので、正直女の子かどうか怪しいが、長い髪の毛が見て取れたので、恐らくそうだろう。

(こんな時間に一人?一体何をやっているんだ?クラスメイト、じゃあないだろうし)

そう思いながら、無意識に確かめようとその道に歩が進む。もう少し近づけば、よく見えるかもしれない。
その時は、どうしてかその影の正体が異様に気になった。だから僕は、気が付かなかったのかもしれない。
自分が、異郷の境界線に足を掛けてしまったことに。

「おい貴一、そっちは・・・・・っ!!」
「えっ?」

その時、背後から貴一を止めるかのような静止の声が貴一の耳に届いた。だが振り返って見てみると、そこに修治の姿はなかった。その代わり、先ほどまでとは違う見覚えのない山道が姿を現していた。その山道は、螺旋状に渦を描く軌道のものではなく、ただ真っすぐと延々に伸びて続いている。その終わりは貴一の目では判別できない。それほどに長い道だった。

「どうなっているんだ?」

貴一は、自分が今陥っているこの状況に困惑する。
先程いた場所とは遥かに性質の異なる空間、ついさっきまで隣にいた友人の消失、どれもこれもが通常の見解からは説明できないものばかりだった。
しかし、だからといってずっと困惑しているわけにはいかないので、貴一は周囲を見回しながら状況の把握に努める。
だが、やはり頼りになるような手掛かりは見当たらない。

「そうだ、たしか・・・」

貴一は、遭難した時などの対策用に端末を持たされていることに気づいた。これで現在地を検索すれば、自分が今どこにいるのかが分かるはずだ。
そう考え、貴一は端末を起動して地図を呼び出し現在位置を検索する。
しかし、結果画面に表示されたのは、【ERROR 認証不能】の文字だけで、現在位置に関する情報は全く表示されなかった。
故障か?と思い、貴一はスマフォの電源を入れて地図を呼び出すが、結果は変わらなかった。加えて圏外という表示が出ていて他の機能もほぼすべて全滅だった。

「・・・・・・」

あまりの不可解さに貴一は呆然と立ち尽くした。
見かけた少女のような存在を追おうとして異なる道に足を踏み入れた瞬間、共に歩いていた友人が消え、通信機器はどれも動作せず、自分がどこにいるかも分からない。

「遭難、したみたいだね」

冷静に状況を分析した結果、出てきたのはその四文字の単語だった。今の貴一の状態を簡単に表すなら、それしかない。

「さて、どうしようかな」

自分が遭難したと認識した貴一は、慌てずに自分が今どうするべきなのかを考え始めた。

(こういった事態に陥った場合、動かずにじっとしていた方がいいというのが通例だけど、これはどう考えても通常の遭難ではない。はぐれて居場所が分からなくなったわけじゃないし、事故で転落したわけでもない。するとこれは・・・)

すると貴一は、そこで一番考えたくない可能性を示しだした。

「もしかして僕は、墜ちたのか?」

その答えに、貴一は行き着いた。
貴一たちが肝試しをやっていた夢見山には、古くから伝わる伝承が存在する。
この山では、稀に神隠しのようなことが起こり、それに巻き込まれた人間は二度と帰ってこないというものだ。
現にその噂の真相を確かめようと夢見山を訪れた観光客は、平均すれば10人中2人は毎回いなくなっている計算になるほどのものらしい。

「なるほど、それでこんな物をわざわざ持たせたわけか」

そう言って貴一は、ポケットから先程のセキュリティ端末を取り出す。考えてみれば、この端末はその予防策として生徒一人一人に渡されている。案外教師連中も準備がいい。
まあ、微塵の役にも立たなかったが。

色々考えたが、結論からどうやら貴一は夢見山に伝わる神隠しにあってしまったらしい。この不自然な状況の変化を説明できるのは、いわゆるそういった分野の範疇のものだ。信じたくはないが、根拠がないのなら逆にこの説の方がまだ信用できる。
ただ、そう結論付けた場合浮上するのが、この異質な場所からどうやって抜け出せばいいのか、である。
方角を知ろうにも、空には星がなく、月の光もどこか朧気ではっきりとしない。周囲には生い茂る森の木々のみで、そこから先には何があるか分らない。
その中で唯一はっきりしているのが、貴一の目の前にある一本の道である。この道の先に何があるのかは分からないが、もしかしたら進んだ先で何か手がかりを発見できるかもしれない。
そう思い、貴一は周囲に気を配りながら、目の前に敷かれている道をゆっくりと歩き出した。
とりあえず歩いているうちに何か進展するだろうと、少し安易な考えを持っていたが、その中でも一つだけ不可解なことがある。
貴一が見かけた、髪の長い女の子のことだ。
見間違いと言ってしまえばそれまでだが、いでたちが明らかに認識できたのでそれはないだろう。だが、そう考えるとあの少女は今の貴一のようにこの異質な空間に入り込んでいることになるので、同じように迷い込んだ子なのかもしれない。
一応その女の子の存在も頭の片隅に置いておきながら、貴一はただひたすらに道の上を歩く。

「やっぱりあるのは木ばっかりか」

山の中で迷ったので当たり前のことなのだが、やはりこういう状況になると、通常のものとは違った何らかの差異を見つけたくなってしまう。
だが、やはりこれと言って気になるような要素は、何一つ発見することはできない。

「ん?あれは・・・」

そんな時、貴一はしばらく進んだ先に渦を巻くように存在する歪のような物体を発見した。なんというか、よくアニメや漫画に出てくるワームホールのような形状を形作っている。

「これは、空間の歪?」

至近距離まで近づいて渦の状態を観察するが、歪の奥は真っ暗で何も見えない。
もしかしたら、これを通過して元の場所に戻れるかもっと思ったが、その考えはさすがに安易すぎると思った。見た目自体はお約束のそれだが、この正体不明の物体が何なのか、その答えを得るには触れる以外の方法がない。しかし、それを行った場合貴一の身体に一体どのような変化をもたらすのかも分からない。
どうしたものかと悩んでいるとき、不意に貴一の背中がいきなり押されて貴一はつんのめった。その結果、貴一は渦の中に入ってしまい、周りの景色が歪み始める。
いきなりなんだと後ろを振り返ると、そこには修治といた山道から見かけた少女が、両腕を伸ばした状態で微笑を浮かべながらこちらを見ていた。

「君は――――」

何者なんだ?と貴一が問いかけようとした瞬間、貴一がいた空間が、ねじ切れるように姿を失い、貴一の視界が一瞬黒一色に染まる。が、それも数秒のことで、その後には貴一がいつも見ているような世界の景色が貴一の目に映った。
二度目の世界の反転に、貴一はまたしばらく呆然と立ち尽くすが、すぐにはっとして周囲を観察し、状況の変化に追いつくため情報を集める。
空を見上げると、先ほどとは違ってしっかりと星々の光や形状の明らかな三日月などが確認できる。加えて、今貴一が立っている場所は、肝試しのゴール地点の少し前の場所だ。端末の地図情報を確認すると、しばらく歩けば貴一たちが止まっている宿舎に到着する位置に貴一はいるらしい。

「おーーーーーーーーーーい!」

貴一が宿舎に向けて歩いていると、正面から手を振りながらこちらに走って来る修治の姿が確認できた。

「貴一、お前無事だったのか!?」

そう言いながら、修二は貴一の両肩を持って乱暴に揺すって確認した。

「ああ、まあ無事、なのかな?」

変な言い方になってしまうが、修二が目の前にいることを考えれば、ここは貴一たちがいた元の世界なのだろう。

「それにしてもお前よく無事だったな。俺はてっきり逝っちまったのかと思ったよ」
「勝手に殺さないでくれ、ただ違う道に踏み出しただけなのに」
「は?違う道?なんだそれ」

ポカンとした表情で、修二は言った。

「いや、修二も見たんじゃないのか?山道の途中にあったもう一つの道を。僕はその道の先に誰かいるのを見かけて近づいてみたんだけど・・・」
「・・・・・・」
「えっと、どうかしたかい?」

突然修治が血の気が失せたような表情で黙り込んだので、貴一は怪訝に思い尋ねた。

「いや、お前が進んで行った方、切り立った崖しか、ないぞ?」
「・・・・・・え?」

それを聞き、今度は貴一の方が言葉を失った。
貴一が見た少女が横切った方には、たしかにもう一つの道が存在していた。そして貴一は現にそのもう一つの道を進み、なんだかんだで元の場所まで戻って来れたのだ。

「俺は、正直お前が崖の方まで歩いて行って、急にいなくなっちまったから、崖から落ちちまったんだと思ってよ。急いで先生に連絡して、お前のこと探してもらって、でも全然見つからくて、それでも必死こいて探してたら、よく分かんねえけどお前の方からひょっこり帰ってきて、ああーもうわけ分かんねえ!でもお前はぶじだったから、いいのか」
「・・・・・・」

思考がパンクしそうなった修治だったが、自分なりに自己完結して納得のいく答えが得られたらしい。だが貴一の方は、納得のいかない様子で、顎に手を当てながら何やら考え込んでいた。

「まあとりあえず無事だってわかったんだし、先生に連絡して宿舎に戻ろうぜ。みんな心配してるしよ」
「ああ、そうだね」

修二がそう提案しながら歩き出し、貴一も返事を返してそれに続く。だが一度、貴一は振り返って自分が歩いた山に目を向ける。
自分は確かにこの世界とは異なるどこかへと迷い込んだ。これは、消して夢なんかじゃない。貴一の記憶に残る、確かな現実だった。
だが、それでもやはり疑問は残る。

それなら、あそこは一体どこだったんだろうか、という疑問が。

そういった拭いきれない疑念を抱えたまま、貴一は前に向き直って宿舎に向かう。
後日になって、貴一はもう一度山道を登って例の道を見た場所を訪れたが、修二が言っていた通り、そこには落ちたら即死を免れないような切り立った崖があるだけで、道なんてものは何処にもなかった。
だが、それでも貴一は確かに見たのだ。

この世とは一層を隔する、夢幻の境界線を。
人生には一度、言葉では説明できない複雑怪奇なことが必ず訪れる。
それを、僕は今回身をもって知ることになった。
この話は、修治以外の人には誰にもしていない。言っても、きっと誰も信じないだろう。そして僕には、それを証明する手段がない。
唯一残っているものと言えば、エラーによって記録にズレを生じさせた端末に残る、僕が消えていた二時間の記録。
体感時間では、たった十五分くらいの出来事だったはずなのに、僕が行方をくらませていた時間は二時間もあったのだ。

オカルト何て存在しないとは思う。
でも、僕たちの知らないところでは、そういった夢幻の存在が顔を出すことがあるということを、僕は知った。

それは常識では測り得ないことで、その事実を証明することはできない。
だけど、それはきっと存在する。
次に現れる場所は、もしかしたら、あなたの傍なのかもしれない。

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