【ホラー/怖い話】溢れる愛を召し上がれ【初矢 粒】

俺の前に、三角タップがひとつと、延長コードが並べられた。

「何、これ」

「何も、盗聴器だってこれ」

テレビで見た、三角タップの中の物体。世間的にはプリント基板と呼ばれる緑の板に、黒や茶色のものが細々と付いていた。

「これが?」

同棲中の彼女は、リビングの角を指差す。あそこにあったと言わんばかりに、唇を噛み締めていた。
既に分解されて、声を拾わない盗聴器を俺は拾い上げる。こんなもの、誰が設置したのか。薄気味悪いといえば薄気味悪い。ただ、なんとなく設置理由の察しはついていた。

私のせいだね、と彼女は呟く。
ああそうだね、なんて言えるわけもなく、そんなことないよと俺は返す。

元地下アイドル、それが彼女の肩書きだった。
特に売れていたわけではないけれど、インディーズでCDも出していたし、撮影会ではグループ内で三本の指に入る人気ぶりだった。
彼女から告げられるまでは、俺はそのことを知らなかった。知ったからと言ってどうってことはない。しかし前にストーカー行為に悩まされていたという話もあり、この盗聴器を見てしまうと警察の存在が頭をよぎる。

最悪、そのストーカーから俺が被害を受けるだなんて。乾いた笑いを飲み込んで、まぶたの奥で殺した。馬鹿馬鹿しいとは、さすがに思えない。

「これ、警察」

「ううん、迷惑掛けられない。私がなんとかしなきゃ」

彼女が「私が」と言うときは、誰にも止められない状況を表す。迷惑を掛けられないというのは、警察に対してではなく、俺に対してのことだろう。
俺としてはさっさと被害届を提出して、適当に犯人の目星くらい付けて欲しいところである。

「心当たりは?」

首を横に振る彼女の姿を見て、俺は頭を悩ませた。
これはやはり警察に任せた方がいいに違いない。そもそもこの家の家主は俺だし、俺の名義で契約しているマンションである。決定の権限は俺にあっていいはずだ。それを伝えると、彼女は必死で否定した。
このことに関しては私が一人で解決するからと、頑固者の彼女は耳を貸さない。

彼女のストーカー、か。
まだ彼女の後ろを付きまとう人間がいるということ。彼女が元地下アイドルという点を踏まえると、候補はいくつか絞れる。

・当時の熱狂的ファン
・彼女に嫉妬している人間
・彼女と交際している俺に嫉妬している人間

うちのマンションはオートロックだし、部外者は簡単に立ち入りはできないと思われる。宅配便と一緒に入ってきた、という可能性もあるだろうが、部屋まで鍵を壊さずに上がってくる、と言うことを考えるのにはさすがに無理がある。当然外出時には鍵をかけるし、在宅時に来られたら気付くに決まっていた。
簡単な発想は、俺らに近い友人ということになるだろうか。友人の仮面を被り、盗聴しているというのだから気味が悪い。一番信じたくない事態ではあるが、一番高い可能性を孕んでいる。友人として招き入れた際、何気無い顔で盗聴器を仕掛けていたなんて。

少し調べてみたが、三角タップはともかく、延長コード式のものは高価らしい。延ばして目的の場所に設置できるというのは便利なもので、それは盗聴器という役割だとしても同じだ。目的の場所、即ち、よく相手が居る場所の近くに。

「どこにあったの、これ」

「三角タップは、炊飯器のところ。延長コードは電話線の近く」

相当計算して置かれている。キッチンは彼女がよく立つし、電話線の近くならリビングの会話くらい筒抜けだろう。となると、彼女に嫉妬して居る人物というのが濃厚だろうか。本人が自力で解決すると言って居るくらいだから、心当たりはあるんだろう。そんな彼女はバイトだからと、車の鍵を手に家を出て行く。

そうなると周囲には相談し辛い。わざわざ盗聴器を仕掛け、毎日うちの近くまで聞きに来ているわけだ。気持ちのいいわけがない。

その中でも信用できる人といえば、会社の同僚くらいしか浮かばない。自宅に連れて来たことはないが、口は堅いやつである。

「それで、俺?」

「なんとか。頼む」

ビールを片手に、どうしよっかと笑いながら言う同僚は、他人事のようなかおをしていた。他人事だから仕方がないが、せめてもう少しだけ、親身になってくれてもいいのにと思う。それでも彼は、こういった性格の人間だ。気が楽になる、とまではいかないが、肩が少し軽くなるくらいには相談したいと思える人だった。

同僚は俺に対して、本当に知らない人を家に連れ込んでいないかと俺に問いただす。必死で否定したが、彼は

「どうだかね」

と疑ったままだ。

「どこでどう間違って、知らない人間を家に上げるんだ?」

間違えるはずがないのだ。俺はこのように返すと、なんだそのくらいと、鼻で笑うように返答が来る。

「例えばだけど、泥酔していた」

無い話ではなかった。
調子に乗って飲み過ぎることもあるし、それで記憶が飛ぶこともある。確かに可能性として、ゼロというわけではないだろう。

「飲み過ぎくらい、誰でもあるかもしれないけど」

「犯人が絞れなくなってくるぞ、そんなこと言い出したら」

「でも彼女はわかってるみたいなんだろ、お前の話を聞く限りだと」

ますますわからなくなってくる。どこの誰が盗聴なんてしているのか。盗聴する目的は何か。

「でさ、その盗聴器どこにやった?」

俺はそういえばと思い、記憶を探る。
中を開けて、基板を見て。「気持ち悪い」と吐き捨てた彼女。そしてそれを、そのままごみ箱に捨てた。確かに処分した。大丈夫だ。

「とすると、今頃はもう犯人にバレてるよね」

盲点だった。
盗聴器は、聴きにくるもの。その存在に自分たちが気付いたということを、犯人にわざわざ教えているようなものだ。
どうするか。また盗聴器を改めて自分で仕掛けるか。でも周波数が、仕掛けられていたものと同じかどうかはわからない。改めて仕掛けるのはリスクが高い。

さて、どうしたものか。

帰宅すると、彼女が右腕にガーゼを付けているところだった。おかえりと言ってから、少し気分が落ち込んでいるように見える彼女は包帯を手に取る。
何があったかと聞くと、俺には関係ないと言う。
よく言うものだ、自分ひとりで抱え込み、関係ないと言うだなんて。
包帯を巻いてやろうとすると、彼女は自分でやると言い張った。不幸中の幸いだったのが、利き手とは逆側だったことだろうか。人にやられるのは嫌だと言う。

大丈夫だからと言い張る彼女を、どうしても俺は見ていられなかった。
そこで、俺は彼女にひとつ提案をした。
カメラをリビングの中に設置すること。そうすれば、誰かがまた取り付けたとしてもすぐにわかるし、まだ部屋の中に盗聴器があるのならこの会話を犯人は聞いているはずだ。こちらが警戒しているといったアピールになる。
彼女はそれならばと了承してくれた。後日、小型のカメラをリビングの死角となる二箇所に設置。しかし、怪しい人物は現れない。

そんなある時、自室で見慣れないものを見つけた。あの時設置した、小型カメラと同じものだった。リビングに置いてあるものを確かめる。二つ、きちんと元の場所に。じゃあこれはなんだろうか。

俺はパソコンの回線を探した。ドライバーを使い、延長コードの中を開ける。誰が、何のために。その狙いは、彼女じゃなくて俺なのか。
思った通り、緑の基板が入っていた。彼女じゃなくて、俺が目当て。彼女と付き合っている、俺に対する嫉妬心か。

いま家に彼女は居ない。車のキーは無い。
盗聴器の電源はそのままに、俺はそっと家を出る。三階だから、階段を使った方が早いのを知っていた。

そういえば気にしていなかったけれど、彼女はどうしてこの盗聴器の存在に気付いたんだろうか。階段を駆け下りる足が早まる。犯人の正体、彼女はわかっているように見えた。盗聴器はゴミ箱にきちんと捨てられた。それなのに、また高い延長コード型をわざわざ取り付けた。そういえば彼女のあの傷、どこで作ったんだろうか。

駐車場に、うちの車があった。中の人物は細い綺麗な右腕をハンドルに引っ掛けて、イヤホンを耳に差しながら、スマートフォンを開いていた。

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