【ホラー/怖い話】記憶媒介【秋時雨紅葉】

ある朝、右腕が無くなっていた。
何故だろうと、僕は昨日の記憶を掘り出した。
特に変わったことはなかったと思う。
いつも通りに食事をし、いつもの時間に風呂に入って寝ただけなのに。
気が付けば、右腕がなかった。
痛みもなく、傷みもない。
綺麗に肩から言ってしまえば、切り抜かれたようになくなっている。
血の跡もない今着ているシャツを見た。変わりない。

とりあえず、部屋から出よう。僕はそうしてこの部屋を後にする。
リビングに出ると、昨日死んでいた母の亡骸がごろん、と転がっていた。
あっ、そうだ。
僕はあることに気が付いた。
右腕は金剛義手だったことに気が付き、それを外して母を殺したことをうっかり忘れていた。

と言っても、思い出したのは良いがその義手をどこにやったか忘れてしまっていた。
まあいいか、などとは言えない。今日は、今付き合っている彼女とのデートがあるのだから……今は午前八時十三分。九時半には集合なのだ。

どこだったかなあ、とあちこちを探してもない。
もういいや、と僕は私服に着替えなおし、外に出かける。
賑やかな駅前に辿り着くと、彼女の微笑みが眩しかった。

「あれ。トウヤ君。右腕の義手は?」
「昨日、母さんを殴り殺した後、どこかにいっちゃって」
「君ならよくあることね」

彼女はそう言ってくれるが、右腕がないと周囲の視線が痛い。

「気にしないで、トウヤ君。他人の視線なんてのはどうしようもなく、無意味なものなの。私が見ているのだから、安心なさい」
「そうだね」

彼女はいつも気を遣ってくれる。
ところで今日は何処に行くの? と彼女に問いかける。

「そうね。特に決めていないけれど、一人殺したい人物がいるのよ」
「そうなんだ。ミキさんがそう思うなんて、珍しいね」
「そうでもないわよ。誰でもよくあることよ、こいつ殺したいなあって思う事なんて」

確かにそうだな、と僕は思った。
転々と歩ていると、裏路地に入っていた。
陽射しは差し込まず、暗がりだけがこの世界を創る。

「ああん? なんだテメェ」
「兄貴ッ。こいつっス。この前ゲーセンで喧嘩売ってきた女ってのは」

ここは不良のたまり場みたいだ。
不良の五人はこちらに近寄ってきた。

「あら。兄貴分を連れてきたのかしら。ご立派な脳味噌ね」

大柄なボス不良は容赦なく、ミキさんに拳を撃ち落とした。
斬撃の音と落下音――――
血飛沫が不良たちを現実に戻す。

一瞬の出来事に、即座に逃げようとする四人の不良と置いて行かれるボス猿。
ミキさんの握る刀は、最近流行のナノコーティングされたプラズマ式の日本刀と変哲のない小刀一本。

「あら。このプラズマ刀剣の切れ合じは思っていた通りだけれど、小刀も悪くないわね。こんなに血飛沫をあげてくれるのだから」

白を基調としたミキさんの私服が赤に染まる。

痛さを訴えるボス猿に斬撃一閃。
彼はそこで鳴き声を上げるのをやめてくれた。本当、五月蠅い奴だった。

「殺したいのってこいつのことだったの?」
「ん~、本当のところこいつの隣にいた奴かな。逃げられたからいいけどね」

ブン、と小刀とプラズマ刀剣を空間に収納したミキさんは一つ微笑んで

「さて。水族館でも行こうか。トウヤ君」

また転々と歩けば、賑やかな水族館が見えた。

「ここはね。私が好きな展示物があるんだよ」
「そうなの?」
「ええ、そうよ。私たちの標本ね」

中に入る。
ここは入場料に二〇〇〇円も払わされる。ぼったくりだ。
最近なんて、特に水族館なんて流行らない。どちらかというと人間に死刑場面にお金を払いに皆が来る時代だ。
それなのにここはこんなに賑やかだ。何があるんだろうか。

「ここよ」

上のパネルを見た。
【不自由な貴方達】というタイトル。

入ると、水槽の中に鎖に繋がれた人間たちの水中劇がそこにはあった。

「ね? 私たちの標本なのよ。ここは」

なるほど。だから人気なのだな、と僕は関心した。
下半身がなく臓物をぶら下げて展示される者。両目を首元に埋め込まれ、両脚を伽藍堂な空間に挿入されている者。男女が抱き合いながらも、外された顎で女の方が男を捕食する者――――ものものものもの。

うん。素敵な場所だね。

「そうでしょ?」

彼女はにっこりと笑った。

外に出ると、鋼鉄街のここは空爆を受けていた。

「ああ。またなのね」
「そうみたいだね」

ふと、僕は爆撃の中、思い出した。

「そういえば、ミキさんの腹に義手埋め込んどいたんだ」

ずぶり、という音とともに、血に濡れた金剛義手を僕は取り出していた。

「ごめんね」
「いいのよ」

僕はそのまま、金剛義手を右腕につけ、ここを去った。

「ミキって誰だっけ」

多分僕はまた忘れる。ここはそういう世界だから。

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