【ホラー/怖い話】催眠

「催眠療法を受けてみませんか」
そう医師に聞かれたって、俺にはよくわからない。ここのところ仕事に忙殺され不眠と鬱っぽくなりクリニックに通っていたのだが、薬に頼るのはけんえんしていた。
と言うのも、友人が似たような症状で精神科に通ったところ向精神薬に依存してしまったのだ。だからここのクリニックでカウンセリング――ほぼ俺が愚痴を吐くだけ――を受けていた。
人から紹介されたこのクリニックに通い始めて三か月。まったく改善しないため催眠療法なるものを薦められた。

「簡単に説明しますと、過去に戻って原因と向き合い立ち直る治療です」
「俺にはトラウマとかありませんが?」
「そうでしょうね。でもトラウマでなくとも潜在的ストレス、無意識の疲労などで不眠や鬱になったりします。人の心は複雑ですからね、たとえダイエットでも精神に負担をかけ、追い詰めてしまうんです。やっぱり原因を自覚することが一番なんです」
この医師は俺より一回り上、還暦間近の男性だ。俺に医学の知識、仕事事情など知る由もないが、独立して店を持つというのがどれほど困難で、信用と実績が必要かはわかっているつもりだ。
「あの、それは簡単なものでしょうか? 安全なんですか?」
俺の問に医師は頷く。
「もちろん。一口に催眠療法と言っても種類があります。それこそトラウマを知るためのものは一回や二回で済みませんし、リスクも大きい。ただ、忘れた過去を思い出す……という点のみなら小一時間で終わりますよ」

俺は少し考えた結果、受けることにした。


安楽椅子に座らされ、医師の言葉通りに従った。
ゆっくり息を吸って、リラックスする。流れるクラシック音楽、アロマの香りを楽しみつつ目を閉じた。
「では、ゆっくり心の目を開けてみてください。心の目とは思い出のこと。瞼は閉じたまま心で念じるのです。開け、開け――」
俺は言われるがまま、念じた。
だが、特に何も変わった事は思い出せないし、見えてこない。だがこんな文句を口に出すのはダメなのだろう……そう思えてきた。
「私の問に答えてくださいね」医師が言う「あなたは今、とても気持ちの悪い場所にいます。どこでしょう?」
「……俺たちは居酒屋にいる」
まるで口が意識を持ったかのように勝手に喋り出した。
少し怖いが……反論できない。
医師は続けた。
「俺たち、というと? 他に誰がいますか?」
「俺、同僚、上司の三人」
「では、何をしゃべっていますか?」
「上司に怒られている。俺ばっかり」
俺の声が、俺のものでない口調になった――そう思った時、俺の意識は別れてしまった。それはきっと多重人格とかそんなんじゃなく、俺が意識して動かせる俺と、俺が意識せず勝手に動いてしまう俺。
つまり――。
「正直、俺のミスなんて言いがかりだ。先方の予定があやふやなのは俺のせいじゃないし、上司にそのことについて『もっとしっかりアポを取れ』って言われても、まだ取引きが成立する前段階、地盤を固めている状態なのに催促するような真似なんてできない。そんなことぐちぐち言うなよ。お互いに腹が立つだけだ。せっかく仕事終わりの酒の席に、仕事を持ち出してどうする。そんなことだからあんたは誰も信用されてない。あんたの部下が陰で何を言ってるか、わかってない。わかろうともしない。臭い物には蓋を、嫌なことから目を背けるクズ」
「それはあなたも同じですよ」と医師が言う。
その通りだ――しかし、そう思っていても俺の口は否定した。
「俺は他人の言う事に耳を傾ているし、反省して仕事している。そして結果を残している。だけどあいつは違う。まるで盗人のように手柄を横取りしやがって。あの上司は他人を踏み台にしているだけで、自らは何も行動していない。指示もしない。全部、俺たちに押し付けている。責任を取る立場のくせ、責任を取らされる前に俺たちを身代わりのようにしている」
「あなたの上司への不満はわかりました。でもあなた自身の整理はつきましたか?」
「いいや。全く。そもそも――」


俺の口は勝手に、延々と不平不満を吐き続け、だんだん俺自身、怖くなってきた。何が本音なのかわからないほど、支離滅裂だ。
俺は、ここまで苦しみ、病んでいたのか――何食わぬ顔して毎日、人と会って話をしていたのか。
そうか。催眠療法ってこういうことか。
俺がどれだけおかしな性格で、おかしな精神状態か手っ取り早く知ることができる。そして改善策もわかる。
さっきからぶちまけている事を俺の中で少しずつ解決したり、折り合いをつけていけばいい――だが医師はまだ質問を続けた。
「上司や同僚への不満はよくよくわかりました。おそらくそのストレスを発散できないので、あなたは苦しんでいるのでしょう。では、ここで催眠を解き、あなたを元の状態に戻したら、あなたはそれで満足できますか?」
「いいや」
「では、どうすれば解決できると考えていますか?」
「あいつらを殺す」
俺は、一体、何を言っているんだ?
医師は何を思っているんだ?
瞼を開けて、伺い――え? 瞼が開かない?
「では、ゆっくり瞼をあけてください」
いや、いやいやいや。無理なんです、先生――と、口にできない。
視界は真っ黒なまま。でも、体が動く感覚はある。椅子から背を起こし、伸びをしたり、足を床につけたり。でも全て俺の意志とは違っている。
「気分はどうですか?」と医師。
「最悪だ。ムカつく」と俺の口。
そして俺の預かり知れない所で、勝手に話を進めていく。
「今から三つ数えて、指を鳴らします」と医師「そうしたら、あなたはここでのことを全て忘れて、上司たちを殺しにいきます。失敗して警察に捕まったらもう、あなたの記憶、精神は完全に無くなり、自分が誰か、何者か、喋ることはできません。ですが殺してから一年後、警察に捕まらなかった場合のみ、再びここに戻ってきて私の催眠治療を受けます。よろしいですね」
いいわけあるか――だが俺の口は「わかった」と言った。
医師がカウントを始める。
やめてくれ――言葉に、声にできない。

パチン。

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