OVER ENDING【スピンオフ】魔女の子供

 毎度のことながら、僕は夢を見るたびにあの出来事を思い出さなければならないらしい。自分でもよく解らない現象だけれども、レム睡眠に突入するたびに脳裏にいつもの記憶が流れ込んでくる。
最初はただの昔話から始まる。子供の自分ともう一人の女の子が丘の先へと駆け上がるシーンが描写され、僕はただ彼らの徐々に小さくなる背中を見届けるだけ。でも、いつの間にか僕の体は丘を登り果たしていて、丘の先にある彼らの映る景色が見える。太陽は徐々に沈み始め、地は子供たちを照らす光を蝕んでいく。
ラストパートへ駆け上がる夢の中、僕は喋ることもしないまま目に見える現実を海馬に書き込んでいく。元からあった物語を読み上げながら、新たなコピーを書き込むように、僕はただ漠然と知り尽くした夢を見ている。
過去の自分が口を開けると同時に、僕も口を開いて同じセリフを吐いてみる。でも、もう聞く必要はないんだ。声として、音として確認しなくても、何度も何度も自分に言い聞かせているんだから。
だから、過去の自分がそのセリフを言い終われば、夢は終了を迎える。
そしてまた、いつも通りの生活が始まる。

「ピ!ピピ!ピピピ!ピピピッ!ピピピピッ!ピピピピピッ!」

目は覚めた。もう二度寝する気もなくなった。でも、起きたくないのも事実。だったらこのまま目を閉じたままベットでゴロゴロしていればいい。
そう思っていたのだけれど。

「……いつまで寝てるの?」
「あと五年くらい」
「そう、それならずっと寝てていいよ」

いやね、そう言いながら厨房の包丁で僕を切る練習をしないで貰えます?気絶して起きなくなっても知りませんよ?
と、冗談はここまでにして

「よっこらせっと。おはようございます、アイリス」
「おはよう、叢雲。朝ごはんの準備して~」
「了解です」

着ている服を脱ぎ捨て制服に着替えて、アイリスのいる厨房へと向かう。二階から一階へと降りて、長い廊下をテンポよく歩く。
朝食を食い終わってから皿洗いを済ませて玄関前に出ると、そこにはアイリスが僕を待っていた。見慣れた制服を身に纏い、白い長髪を風に靡かせながら、そして、少し怒った顔をしながら。

「遅い」
「中で待ってればいいじゃないですか。支度するのに時間かかるのは知ってるでしょう」
「そこをもっと早く」
「はいはい、分かりましたよ、魔女様」
「よし、それじゃ行こう」

そういって僕とアイリスは門のカギを閉め、森の奥にある豪邸を背に学校へ向かった。

森の人口道を通り町に出ると、いつの間にか賑やかな人混みの中に混ざっている。これもいつも通りの風景。人と人の間をアイリスと共に抜けて目的地向かう。距離を縮めるにつれて、同じ制服を着たやつらが増え始めては、最終的には同じ学校のやつらだけが集まる。今まで授業をサボっていた連中も、そうでない連中も。
当然のごとく、周囲の会話は全て今日のイベントの話題で持ち切りだった。誰もがそれについて話し、ある人は期待し、またある人は失望する。

「アイリス、今日が実技選考会って事忘れてませんよね」
「……そうだっけ?」

そしてある人は完全に忘れたりもする。

「そうですよ。授業の後に集まって《リマイン》するんです」
「……ごめん、忘れてた。それじゃ、授業終わったら私のクラスに迎えに来て~」
「はぁ、了解しました」

脱力しながらアイリスをクラスまで送って、僕も自分のクラスへと向かう。放課後、また忘れて勝手にどこか行ってしまわないか心配だが、まずは自分の心配をした方がいいのかもしれない。
bit<CβTクローズドベータテスト>テスター選抜試験の参加資格。
多分、これが今僕に与えられた最短距離なのかもしれない。そんなチャンスを逃すわけにはいけないんだ。目的に出来る限り早く辿り着くためには、このチャンスを掴まなければ。
そう思い詰めていると、ポンと誰かが僕の肩を叩いた。

「いっよー! 叢雲! 相変わらず子守お疲れさん!」
「あ、コウヤ。見てたんなら少し助けてくれてもいいじゃないですか」
「いやいやいや、オレには手が余るって。魔女アイリスちゃんを手懐けられるのはやっぱ叢雲さんだけだって! はっはっは」
「出来れば、もっと他の人とも繋がりを持ってほしいんですけどね」
「まぁ、イイんじゃねーかー?無理強いはよくねーぜ。それに魔女ちゃんは逆にそっちの方が魔女ちゃんっぽいし」

アイリスっぽい、か。そういう考え方もあるのか。

「っま、それはともあれ。お前も放課後の実技選考会出るんだろー? 叢雲」
「それはね。アイリスもつれて出ないと」
「おぉお! 魔女ちゃんも出るのかよ。こりゃ楽しくなりそうだなー」

楽しくなる。確かに、VRCは普通に考えればゲームとそう変わりはない。所詮は体を使ったゲーム、そう考えるのが今の生徒にとって普通なんだと思う。
だが、そう考えない人たちも当然いる。

例えばそう、僕みたいなまがい者は。

「――くも?」

所詮は過去の出来事、そう捉えることも出来るけれど、それが出来ないから苦労している。過去に縛られ、現実から置いて行かれ、未来から見放され、僕はただその場に留まっている。

「――らくも?」

今でも、思い出そうとすれば直ぐに思い出せる。本棚にある小説のように簡単に取り出して、中身を読み上げるように。一字一句、余ることなく全てを鮮明に記憶しているから、忘れることが出来ないから、僕は未だにまがい者のままなんだ。
でも――

「おーい、叢雲。聞いてるか?」
「――え?」
「ほらやっぱり聞いてねぇ。もう一回言うぞ、今度はちゃんと聞けよ」
「え、あ、りょ、了解です」

と、すぐさま気を取り直してコウヤの話に耳を傾けたものの、正直どうでもいい話だったので、そのまま聞いて反対側の耳で聞き流すことにした。

退屈な授業を取り終えた僕は約束通り、アイリスのクラスへと彼女を迎えに行こうとした。コウヤもどうせ参加するなら一緒に行こうかと誘おうと思ったが、クラスメイトによると先に行ったらしい。多分隣のクラスか。
無意義な授業にため息を吐きつつ、僕はライフスーツを片手にクラスを出た。
何度も行き来した道なので、迷うことはないのだけれど、それでも注意深く歩かなければならない。そうしなければ――
と、言ってるそばから

「アイリス、どこに行くんですか?」
「あ、叢雲。どこって……? 家に帰るよ」
「……今日の朝、なんて言いましたっけ?」

そう言いながら、僕は右手にあるライフスーツをアイリスに向ける。案の定、アイリスはそのライフスーツに視線を向けては「あ~そういえば」と完全に忘れてました口調で話してきた。

「いやね、完全に忘れてた。ありがと、叢雲」
「少しは自分のスケジュールも管理してくださいよ。はぁ……、早く行きますよ」
「え、どこに?」
「だ・か・ら!更衣室に行って着替えるんです!」

僕は強引にアイリスの手を引っ張って更衣室目指して走った。もう漫才をやってる暇はないんだ。
だって、もう直ぐ実技選考会が始まるんだから。

あれから十分ほどして、やっとアイリスが更衣室から出てきた。普段なら少し怒っているところだが、今日は状況が状況だった。
先程、英雄が誕生したんだ。

「……アーメン」
「何してるの、叢雲?」
「いや、僕たちの英雄コウヤがちゃんと生きて帰って来れるように祈ってるんですよ」
「エイユウ?」
「いや、気にしなくてもいいですよ、やっぱり」

やつの女性からの限りなくゼロに近い名声を守ってやるべく、これ以上は語らないでおくことにする。流石にかわいそうだ。まぁ、女子の方がかわいそうなのだけれど。

「行きましょう、アイリス」
「出発進行~」

まるで遠足気分のアイリスと、それを見守る親の気分の僕は、実技選考会の前とは思えない心構えで、待機室に入っていった。
もう既に多くの生徒達がライフスーツを身に纏って、選考会の準備をしていた。と言っても、別に生の体を使うわけではないから、体を温めたり準備体操する必要はないのだけれど。多分、体の準備よりも心の準備なのだろう。どんなに本当の肉体が傷つかないからと言って、電子情報体であれ自分の体が斬られるのを見て平然と出来る者などそうそういない。
慣れている自分でさえ、こうやって椅子に座って落ち着かないと、リマインすることすら出来ない。
《――これより、実技選考会を開始いたします。準備のできた生徒から順にリマインを開始してください》
実行委員によるアナウンスが流れだすと、準備していた生徒達は一斉にリマインを開始し始めた。僕も直ぐにリマインを開始しようとしたけれど、まだアイリスの準備が終わってないらしく、僕は立ったばかりの椅子に座りなおした。

「ねぇ、アイリス」
「なに、叢雲?」
「アイリスは、リマインをやってて楽しいですか?」

唐突に口から零れた質問。こんなことを言うためにアイリスに声をかけたわけではなかったはずなのに。
でも、アイリスは数秒の沈黙の後に、躊躇することなく質問に答えた。

「楽しいか、楽しくないか、ではないと思う。やっぱり、出来るか出来ないかの問題なんじゃない? 楽しいかは二の次だよ」

そう、アイリスは笑いながら答えてみせる。
出来るか出来ないか。それが重要だと、アイリスは言った。でも、その考えを受け止められる器を、僕は持ち合わせてはいない。
簡単に言うと、アイリスはこう言いたいのだ。出来る人がやって、出来ない人は後ろで指を銜えて待っていればいいと。出来る人が人を助けて、出来ない人はずっと誰かの背中で守られていればいいと。
僕はそれを、受け入れるわけにはいかない。受け止めてしまえば、僕はまたしても自分の存在意義をなくしてしまう。もう、二度と無くさないと誓ったんだから。
だから、僕は戦うんだ。

「それじゃ、僕もリマインしてきます。終わったらここで待っててくださいね」
「りょうか~い。無茶したらダメだよ、叢雲」
「アイリスこそ、無理してはいけませんよ」

念には念を、僕は毎度のようにアイリスにそのことを告げ、リマインする準備に取り掛かる。VRC端末に座り込み、もう一度深呼吸して精神状態を安定させたのち、背もたれに身を譲る。
ライフスーツとの同期が始まるといつもやってくる。実際の肉眼には何も映ってはいない。言うなれば夢のようなものだ。脳内でイメージとして再生される、そんな感じ。
内容はいつも同じ。いつもVRC端末に接続された状態から始まり、VRC端末から接続解除された状態で終わりを迎える。
あぁ、思い出すだけで吐き気を感じる。精神安定剤でも飲んでこれば良かったと、今になって後悔するがもう遅い。
《――端末の最適化が完了しました。十秒後にリマインを開始します》
耳元に女性の合成音声でアナウンスが聞こえると、徐々に体は肉体から離れていく感じになる。幽体離脱、まさにこれの事かと納得いくほどに。
これから行われる選考会に集中するため、僕は次の十秒は目を閉じて精神をどうにか安定させることにした。
しかし、その行為は僕の些細な好奇心によって妨害される。

「なぁ、間名由」

となりのVRC端末に接続したそいつの名前を呼ぶと、「へ?俺?」と狼狽えながら自分に話しているのかと確認してきた。

「あなたは、リマインをやってて楽しいですか?」

唐突の質問にどう答えたらいいのか迷っているのか、間名由はそれから数秒の間口を開くことはなかった。
徐々に表示された数字が下がっていく中、数字が一になると同時に彼は答えを出した。

「これは所詮ゲームなんだ。だから、楽しまなきゃ逆に損だぜ!」

そのセリフを聞いた次の瞬間、僕の意識は現実世界からシャットアウトされた。
彼の言葉を、胸のどこかに仕舞いながら。

気づいた頃にはもう自分の意識は電子情報体に定着されていた。右腕を動かそうと思えば右腕が動くし、左腕を動かそうと思えば左腕が動く。毎度のことながら、キャリブレーションは完璧だ。
肉体に誤差がないかを確認してから、僕は刻々と時間を刻む針を眺めながらもう一度深呼吸をする。
精神の安定が終了した頃には、僕の視界には既に仮想空間が映し出されていた。おまけにあの<アンチデータモドキ>も一緒に。
準備が完了すると、正面に数字の十が表示され徐々にカウントダウンが始まる。数字が一つ一つ下がるたびに心拍数は倍増していき、そして一になるころには心臓が爆発しそうになっていた。
それでも戦わなければならない。こんな序盤で足を止めていたら、僕はいつになったら叶えることが出来るんだ。
立ち止まってはいけない。ただ、前に進んで前方の敵だけを殺すことに専念すればいい。ただ、それだけでいいんだ。
《試合開始》
聴きなれた合成音声を引き金に、僕の体は動き出す。

<プログラム起動、ナイフ【凡庸型】>

召喚されたナイフの刃先を指で掴み、僅かコンマ一秒の間に構えて、次の瞬間、僕はそのナイフを投げた。
鋭い刃は空気を切って前に進む。その間に僕は空いている左手でナイフを投げる構えをする。タイミングが重要だ、ちゃんと見て聞いて判断にしろ。

「――ッガ!」

今だ。
<プログラム停止>
そしてすぐさま僕は、左手にないはずのナイフを、投げた、、、、、、、、、、、、、、、、
<プログラム再起動、ナイフ【凡庸型】>
最初のナイフで人間の部位で言うところの首に不意打ちを食らい、やっと体制を立て直した瞬間、今度は胸部に風穴が生まれる。
止まってはいけない。遠心力を使ってそのまま体を回転させ、次の体制に入る。
プログラムを停止させ、直ぐにまた再起動する。やつに突き刺さったナイフは緑の数字と記号を残して消え、やがて僕の右手の中で再生する。

『o?GVguRzcPmJ%ztx?yk%!』
「――ッ!」

やはり、今回もか。
毎度のごとく、戦闘を開始して数秒後、脳内でノイズが暴走し始める。意味の分からない音を立てては右脳左脳の両方を痛めつける。

「ま、まだ。まだまだですよ!」

自己暗示をあっけ、一瞬動きを止めた右腕をもう一度動かす。あとは投げるだ……は?
視界が妙に暗くなるのを感じた俺は、直ぐにその違和感を確認するために前方に視界を向ける。視界の先には、今まで見ていた景色は消失していて、代わりに映っているのはたった一色で塗りつぶされた壁だった。
いや、見間違えかもしれない。何かのエラーかもしれない。でも、自分がたてた仮説を、脳は首を縦に振って肯定してくれはしなかった。もう一度確認する。今にでも見えるその景色を確認し、俺はその現実を受け入れるしかなかった。

――こいつ、いつの間にこんな近くまで来ていたんだ、と。

先程までの敵との距離、約十メートルほど。
そして今、敵との距離、約零メートルほど。
鋭い刀身が大きく振りかぶられ、脳天目掛けて振り落とされていくのが視界の端で捉えられる。長い刀の重量とは裏腹に、こいつの攻撃は異常なまでの速度で僕を死へと招いていく。
でも、ここで死ぬわけにはいかないんだ。まだ、こいつを倒すまでは死ねないんだ。
固まっていた僕の体は、相手の攻撃を食らうコンマ数秒前に動き出した。
右手で握っていたナイフをヤツの懐に突き刺す。生々しい音を立て、ヤツが少し隙を見せた瞬間、僕は刺さったナイフに――

「この畜生が!」

拳を叩き付ける。
刹那、ヤツの攻撃はキャンセルされ、電子情報体は腕の直線上の数メートル先まで飛ばされていた。

「今の動き見たか!?あいつ、どこからナイフ出しやがった!」
「ああーすげーな。今の危なかっただろマジ。死んでても可笑しくなかったぞ」
「大丈夫でしょ。だってね、アイツ――」

待機室でその言葉が聞こえた瞬間、僕の体は一時停止する。

「デザイナーズチャイルドらしいからね」

“デザイナーズチャイルド”という言葉を知っているだろうか。
受精卵の状態から遺伝子操作を行われ、親もしくは研究者が望む特性を持たせた子供の事らしい。自分も詳しくは教えられていなかった。
そして僕も、誰かの手によって人工的に作られたデザイナーズチャイルドだ。でも、体力は水準程度、筋力は並み以上、視力も聴力と特質なものではない、言うなればただの少年とそう変わりはなかった。

たった一つ違っていたのは、“FLOPSFloating point Operations Per Second”、即ち演算能力である。
短時間で正確に、精密に仮想空間で戦うための道具として、僕は生まれたんだ。

でも、そうやって日本ではなく他国の使い捨ての駒として生まれてきたのは僕だけではない。僕以外にも、数百人の子供たちが研究所にはいた。
ニーナ、マルコ、ジェシー、ニック、マシュー、カイル、ミシェル、リチャード。名前を並べればキリがない。数えきれない程の子供たちが一つの研究所で、たった一つの実験の為に犠牲となった。

その実験内容は、データシフト開始時代、伝説的なリマイナーのひとりであるエリス・E・アイゼンフーヴァーのコピーを創るという事だった。

どんなに科学技術が発達しても、人はまだドリー世界初のクローンの問題を解決出来てはいなかった。作ることは出来ても、コストの問題があった。
そこで出てきたのがデザイナーズチャイルド。これにも倫理的な問題以外にも、科学的な問題は大量にあった。クローン制作よりは成功率は高いけれども、打ち込んだ遺伝子が理解できない誤作動を発しては、被験者の体をボロボロにしてしまう。このエラーの所為で命を落とした子供たち、37人。
誤作動を起こさなくなった実験体は次の段階、即ちリマインを強制的にさせられ、脳が焼かれるような演算処理を何度も何度も行われた。脳味噌を焼かれて死を迎えた子供たち、54人。
その他――
精神的な問題で使い物にならなくなって処分された子供たち、60人。
研究所からの脱出に失敗し処刑された子供たち、112人。

そして、278人の実験体の中から生き残った子供、15人。
そのうちの一人である最初の実験成功体のサンプル。
被験者番号196番、通称【叢雲】

それが僕である。これがまがい者な僕である。

数フレームの間、待機室にいる誰かの声によって集中を切らしたけれど、僕は直ぐに立て直した。目前には衝撃で飛ばされて埃の中で体制を立て直すアンチデータの姿が見える。
<プログラム停止>
<プログラム再起動。ナイフ【凡庸型】>
ボロボロになったナイフを再構築し、右手の手中に召喚させる。
問題はここからだ。このアンチデータモドキって言うのはAIに似ていて、いつも最良の可能性だけを追求する癖がある。だからハッタリも誘導もかなり難しい。攻撃パターンを読むには時間が足りないし、対応策を考えるにしても今からでは遅すぎる。
だったら、残された選択肢は一つしかない。
力任せ、勢い任せ、ゴリ押し。
もっと簡単に言えば、無計画ノープランだ。

普段なら絶対に許さないような戦法でも、それ以外に残されていないのであれば、全力でするしかない。ナイフを強く握りしめ、腰を下ろして姿勢を保ち、相手の動きだけに集中する。一フレームも逃すことを許されないこの切羽詰まった状況でも、僕は勝たなければならない。勝って、必ずbit<CβTクローズドベータテスト>テスター選抜試験の参加資格を手に入れる。
するとヤツは埃の中から立ち上がって、戦闘態勢を取り始める。その一瞬の隙を、僕は見逃さない。
右手で握っていたナイフを直線状に投げる。直ぐに左手で新たなナイフを投げる姿勢に入り、投げたナイフが当たるのを聞いてプログラムを停止させ、再起動させもう一度投げる。
徐々にそれを繰り返していると、ヤツはもう限界なのか、最終手段を使ってきた。
先程、四番モニターで生徒全員を驚かせた条件発動型の特殊攻撃アクティブ・カウンター――《初見殺し》だ。でも、一つコウヤが殺したアンチデータと違う点は、この《初見殺し》は発動するための条件トリガーが違う。
コウヤの戦いを見ていたがこんなものはなかった。もしかしたら、これは低確率で起きるランダムトリガー。推測に過ぎないが、こいつの第一条件は“中途半端な瀕死状態”になることだと仮定する。もしそれが本当だった場合、こいつの初見殺しは――

僕が死ぬまで止まることはない。

ヤツの周りから埃が一瞬にして消える。その中心には、居合の構えをしているアンチデータがこちらを睨んできている。
その鋭い目つきを見て、僕は悟った。
この戦い、勝てないかもしれないと。

「――だ、だったら!」

残る手は一つしかない。
もしかしたら体が拒否反応を出してしまうかもしれない。
でも、今になってはどうでもいい話。僕には、こいつに勝たないといけないんだ。

もう誰かの背中に守られながら生きていくのは御免だ。
もう誰かの背中で指を銜えて待つのだけの人生は御免だ。
もう誰かの背中に隠れて怯えて生きていくのは御免だ。

だから、今度は僕があいつを守るんだ!世界中敵だらけのアイリスを、今度は僕が救ってやるんだ!
あの丘の向うで約束したように、今度は僕がアイリスを救うんだ!

追記:
研究所から脱出に成功した子供たち、2人。
・逃亡者:被験者番号196番【叢雲】、被験者番号1番【アイリス】

「「「《多重起動オーバードーズ》!」」」

<プログラム起動。ナイフ【凡庸型】>   <プログラム起動。ナイフ【凡庸型】><プログラム起動。ナイフ【凡庸型】>  <プログラム起動。ナイフ【凡庸型】>
<プログラム起動。ナイフ【凡庸型】  <プログラム起動。ナイフ【凡庸型】> <プログラム起動。ナイフ【凡庸型】> <プログラム起動。ナイフ【凡庸型】>  <プログラム起動。ナイフ【凡庸型】 <プログラム起動。ナイフ【凡庸型】><プログラム起動。ナイフ【凡庸型】  <プログラム起動。ナイフ【凡庸型】>     <プログラム起動。ナイフ【凡庸型】>    <プログラム起動。ナイフ【凡庸型】> <プログラム起動。ナイフ【凡庸型】> <プログラム起動。ナイフ【凡庸型】> <プログラム起動。ナイフ【凡庸型】>  <プログラム起動。ナイフ【凡庸型】> <プログラム起動。ナイフ【凡庸型】>

<プログラム起動。ナイフ【凡庸型】>

宙に浮かぶは大量のナイフ。一つ一つが鋭い刃を持ち、その刃は命すら容易く断ち切る。
両手に一本ずつ装備し、僕はヤツが、ヤツは僕が動くのを待っている。数秒の間、誰一人として動くことなく、誰一人として音を立てることもない。ただ沈黙だけが過ぎていく。
冷たい空気が肌をなぞる中、その空気は一瞬の隙に爆発し冷たい空気は瞬時熱風と化した。
射出される大量のナイフと、それを叩き切る長刀。仮想空間内はそれらが衝突しあう音だけで充満し始めた。四方八方、聞こえるは鉄の音。四方八方、感じ取れるは標的に対しての殺気。
お互い、誰一人として譲らない。力を抜いてしまえば、その一瞬に八つ裂きにされる。

“これは所詮ゲームなんだ。だから、楽しまなきゃ逆に損だぜ!”

その言葉が、なぜか今にして蘇る。
もし、今の状況を面白いと思っているのなら、お前の言う通りだ。間名由。
だから、もっと楽しませてくれよ!

『o?GVguRzcPmJ%ztx?yk%!』
「――ッ!」

脳が悲鳴を上げる。脳が処理できるキャパシティーを超え、ノイズが脳内を駆け巡り始める。徐々に意識は遠のき、体から力が抜けていく。
まだ、だ。まだ終わっちゃいけないんだ!まだこいつを殺せていないんだ!

「「「届けーッ!」」」

ボロボロになっていく体に抗いながら、両手にナイフを握って走り出す。この一撃だけ当てれば終わりなんだ。これで決着が付くんだ!
だから、だから、最後まで耐えてくれよ!この“まがい物”が!

ヤツとの距離、約三メートル。
ヤツとの距離、約二メートル。
ヤツとの距離、約一メートル。

そして、ヤツとの距離、約零メートル。
長刀が僕の首を、二本のナイフがヤツの<脆弱性ウィークポイント>を。どちらが先に届いても可笑しくはない。あとは伸ばすだけ。目の前の目標に手を伸ばすだけなんだ。
届け、とどけ、トドケ!

でも、僕は最後のフレームを見ることが出来なかった。
代わりに視界に映っているのは――

《強制シャットアウト》の文字だけ。

“うわぁ、綺麗だね!アイリスちゃん!”
“そうだね~綺麗だね~”

毎度のことながら、僕は夢を見るたびにあの出来事を思い出さなければならないらしい。
最初はただの昔話から始まる。

“アイリスちゃん。助けてくれてありがとね!”
“いいよ、これくらい”
“だからね、アイリスちゃん。今度はね、僕が助けてあげる!僕が強くなって、アイリスちゃんを守ってあげる!”
“――ッ!ほ、本当?”
“うん!約束!ほら、指切りげんまん”

過去の自分がそのセリフを言い終われば、夢は終了を迎える。

“絶対に、僕がアイリスちゃんを守るからね!”

あぁ、そうだ。僕がアイリスを守らなければならないんだ。僕が、アイリスを……

「――おい、いつまで寝てるの?早く起きて~」

その声を聞いて、僕は我に返る。
目を開けると、そこには片手で僕の頬をぺしぺしと叩いているアイリスの姿があった。もう一つ気づいたとすれば、僕は今、絶賛膝枕されてるらしい。特に嬉しいとかはないけれど。

「ねぇ、アイリス。僕は何分くらい寝てたんです?」
「私も今終わった所だからよく分んないけど、十五分くらいたったらしいよ」

十五分。その数字を聞いて、僕はもう一度辺りを確かめる。予想通り、僕たちのいる場所は選考会の待機室らしい。
少し上に設置された大型テレビには先程リマインを終えた生徒の動画が流されている。そして今、そのテレビに映っているのは序列二位の生徒だ。
序列二位の生徒は戦闘中に何度も何度も所有武器を剣からハンマーに、ハンマーから槍に、槍からまた別の武器に変えながら戦闘していた。
序列一位との点数差は空いているが、実力面からして序列二位は序列一位に負けてはいない。技術も身体能力も、序列二位は一位を凌駕しているから。

一位.   間名由               65000点
二位.   アイリス・E・アイゼンフーヴァー  32700点
三位.   廻結名               30900点

「今日の魔女の戦い見たか?!いやぁ、あれは一種の芸術。一位のアイツより、魔女が一位に相応しいと思うわマジで」
「それな。一位のアイツとか、ただ逃げてるだけだったしよ。全然詰まらんかった。その割に魔女は凄かった」

などなど、ベンチで寝ているだけで彼らが口にする序列二位魔女の話が聞こえてくる。意識しなくても聞こえるほど、彼らは今僕に膝枕しながらボケェっとしているアイリスについて話しているのだ。

「私、言った。無茶しちゃダメだって」
「……すみません」
「それだけじゃ足りない」
「すみません。アイス奢るので許してください」
「わかった、許す」

なんて都合のいい……まぁ、それがアイリスらしいのだけれど。
でも、無理してでも勝たなければならなかった。どんなに自分が壊れようと、それでアイリスを最終的に守れるというのなら、僕は喜んで身を火に投げ込むだろう。
そういえば、結局どうなったんだろうか。負けたのか、それとも勝ったのか。
自分の結果を確認するために、僕はスコアボードの方に視線を向ける。

「おめでと、叢雲。五位だって。結構凄いじゃん」
「もちろん。だって僕、魔女の弟子ですからね」

勝っていた。勝ったんだ、僕は。
順位なんてどうでもいい。スコアなんてどうでもいい。勝てたのなら、それで十分だ。

「ねぇ、叢雲」
「なんでしょうか、魔女様」

直ぐに返答をしても、アイリスは言葉の続きを口にしようとはしない。躊躇っているのか、考えているのか、それとも忘れたのか。
少し長い沈黙の後、アイリスはやっと口を開けて言葉の続きを声に出す。

「叢雲はさ、一位の間名由みたいになりたいと思ったことはある?」

予想外の質問に驚きながら、僕はスコアボードの一位を見てみる。
間名由。勝つためなら、目的のためなら、大衆の事情など気にせず自由気ままに自分の道を貫く、そんな人。はっきり言って苦手だ。
僕はこの人になりたいと思ったことはない。もしなってしまえば、僕はもう叢雲ではなく間名由になってしまうからだ。
でも、こう考えたことはある。

「僕も、目的の為なら何でも出来る、そんな力は……欲しい」
「――……そう」

いつか僕にもそんな力を手に入れられる日が来るかもしれない。
いつになるか分からないけど、もしその日が来たら、その時こそ――

「それじゃ、行こう叢雲。さっきアイス奢るって約束覚えてるよね?」
「はいはい、覚えてますよ。何味のやつがいいですか?」
「えーとね~今日は抹茶の気分」
「了解です。直ぐに買って帰りますので先に帰ってください」
「ううん、今日は私も行く~」
「……別について来ても、アイス以外は買ってあげませんからね?」
「っち、ケチだな叢雲は」
「はいはい、ケチで結構ですよ、僕は。行きますよ、アイリス」
「はいはーい」

僕はアイリスを守ることが出来るかもしれない。
もう、アイリスが誰かの為に戦わなくてもいい世界を造れるかもしれない。
だから歩き続けるんだ。目の前の魔女の背中を追って、丘を登るんだ。

その先に、望んだ未来を求めて。

◇OVER ENDING【スピンオフ】魔女の子供

各話サブタイトル作者
登場人物紹介こちらNORA×絵師様
プロローグ/第0話主人公補正KAITO×NORA
第1話偽りの始まりKAITO×NORA
第2話A.シャンプーKAITO×NORA
第3話ミス・パーフェクトKAITO×NORA
第4話馬と鹿KAITO×NORA
第5話忍者だってッKAITO×NORA
第6話トレードオフKAITO×NORA
第7話正義と欠陥KAITO×NORA
第8話死に急ぐ者KAITO×NORA
第9話友の追悼KAITO×NORA
第10話四番モニターKAITO×NORA
第11話ボーナススコアKAITO×NORA
第12話試験範囲KAITO×NORA
第13話アルファリーダーKAITO×NORA
第14話トレジャーハントKAITO×NORA
第15話チェックシートKAITO×NORA
第16話レバガチャKAITO×NORA
第17話記念写真KAITO×NORA
第18話手応えKAITO×NORA
第19話仲裁KAITO×NORA
第20話気遣いKAITO×NORA
第21話不貞寝KAITO×NORA
第22話ナカヨシKAITO×NORA
第23話ハーフタイムKAITO×NORA
第24話ルート分岐KAITO×NORA
第25話リアシートKAITO×NORA
第26話レストランKAITO×NORA
第27話夜の景色KAITO×NORA
第28話アクビKAITO×NORA
第29話ネクタイKAITO×NORA
第30話ドラゴンブレスKAITO×NORA
第31話尻尾KAITO×NORA
第32話反省会KAITO×NORA
第33話ノーデリカシーKAITO×NORA
第34話待ち時間KAITO×NORA
第35話キョウイKAITO×NORA
第36話リプレイデータKAITO×NORA
第37話初見明人KAITO×NORA
第38話ラクガキKAITO×NORA
第39話模範解答KAITO×NORA
第40話レシピKAITO×NORA
第41話実技本戦KAITO×NORA
第42話ファーストブラッドKAITO×NORA
第43話絶望と記憶KAITO×NORA
第44話試験開始KAITO×NORA
第45話醍醐味KAITO×NORA
第46話作戦開始KAITO×NORA
第47話必殺の一撃KAITO×NORA
第48話全力の結果KAITO×NORA
第49話ルールの思惑KAITO×NORA
第50話閉会式KAITO×NORA
第51話/第一部完結優勝チームKAITO×NORA

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