【ホラー/怖い話】人魚姫その後

人魚姫に飽きた。

飽きた。というのは精確な表現ではないかもしれないが、とにかくうんざりしてきた。

きっかけはなんだったのかも覚えてはいない。しかしある時から魔女の魔法というか、恋の魔術というのだろうか、あの不自然なぐらいの胸の内にこみ上げる高揚感というのがすっぱりと消えてしまったのだ。

 

淡い恋心が泡と消えてしまえば彼女は普通の、ヒト科の人間と何一つ変わりがなかった。そうなると人魚姫の一挙一動の粗にばかり目が行くようになってしまう。年齢不相応な甲高い声、幼児じみた挙動、わざとらしい言動、それらが彼女のすべてだと思えるようになってしまい、あとになって残ったのは、奇妙な寂寥感と今まで彼女と交わしてきた赤面してしまうような恥ずかしい睦ごとの思い出だけだった。それすらも長い月日の間ですり減って当時の輝きは失われてしまった。

 

手元に目を落とす。人魚姫は一言たりともしゃべらない私を訝しむような目でそっと見上げてくる、その視線に耐えかねる。彼女だってバカではない。私がとっくに自分への愛を失ってしまったことなどとうに気づいているだろう。だからこそ、さっきから私にとりとめもない会話を矢継ぎ早に投げつけている。今の話題はまるで私とは関係のない自分自身の『弟』の話だ。会話の中身なんてのはどうだっていい。重要なのは返答だ。嫌われていないということを確認したくて、認めてもらいたくて。残念だけど、それはできない。

 

私の返答はすべて曖昧な笑顔か、不気味な沈黙か、もしくはその両方だった。その行動がどれだけ心に傷を残すかを知っていながらもそれでもなおこんなことしかできなかった。昔はよかった。彼女とあったときのことなどきっと、陳腐な言い回しだけれど、死ぬまで忘れないだろう。彼女とあったのは今日とまったく同じ場所、海岸沿いにぽっくりと空いた洞窟のなか。はじめての出会いは唐突だった。死ぬほど肝を冷やしたのもいまとなっては笑い草の一つだ。

 

この洞窟はもともと海水から侵入してきた魚介類が豊富な場所である。小魚がウロウロしているということは『死体』を『餌』として処理するにももってこいということである。しかも人目も皆無に近く、わざわざこんな辺鄙な場所にこようという物好きも居ない。毒殺した先代の王を行方不明という体で処理するにはこれ以上ないくらいの好条件がそろっていた。私は死体を部下に命令してその海流のなかに投げ込ませた。うねる蒼龍色にとっぷりと肉塊が浮いては沈んでを繰り返しだんだんとその肢体を海との境界線に溶け込ませていく頃には、この事件に関わった部下の刺殺も完了していた。

 

ーすべて終わった。

私は頬に飛び散った血痕を掌で拭いとりながら一息ついていた。

城のなかという権謀術数が渦巻く魑魅魍魎の世界では殺しなど珍しいものではない。のだがそれでもけっしてなれるものではない。掌にこびりついた血潮の匂いが罪の意識を苛む。

 

ちょうどその時だった。

つと、背筋に一抹の不安が走った。

視線だ。視線を感じる。慌ててあちこちを見渡した。するとそいつはそこにいた。海面になにかが浮かんでいた。人の頭だった。見間違いかとも思ったが、疑う余地もなくこちらを興味深げな顔でみつめる双の目がついていた。私はあまりのことに一瞬すべての出来事がとまってしまったように感じ、つぎに現実かどうか確認して、ようやく口をついてでたのが「待て!」という怒声ただひとことだけだった。

 

頭はひどく驚いたような素振りをみせて、海面に潜ってしまった。慌てたのは私の方である。殺しの現場を見られてしまった。おまけに次期国王となるべき身である自分がである。この事実が日の目をみるようなことがあれば決してただではすまない。いままで積み上げてきたものががらりと音を立てて崩れ去るような気持ちがしたが、とにもかくにも迷っているだけの贅沢な時間はなさそうだった。

 

私は血払いもすんでいない剣を引き抜くと水の中に飛び込んだ。視界全体にガラス1枚隔てたようなレイヤーがかかり、水膜を破るだけで静寂と淡い光沢だけが支配する世界へとその姿を変える。そのなかでたった一人の人物を探し出すのは実質不可能かと思われたが、存外にその姿ははっきりと見えた。其の人物は、一切の衣服というものを身に着けておらず、豊かな双の丘が主張しているのが遠目にでも見えたがそれはいまさしたる意味をもつものではなかった。彼女には普通の人間には無いものがあった。足が無かった。代わりに魚のヒレがあった。その意味はすぐにでも理解できた。

 

ー魔女だ!

生まれて始めてみる非現実にさっと燃え上がっていた保身や怒りの感情は身を潜めてしまって残ったのは恐怖心だけだった。昔々からはじまる童話のなかにしか生きていない、乳母の口元にも赤子をあやすときにしかのぼらぬような幻想がしかと目の前につきつけられ私はその場に固まってしまう。

あ。と声をだした。

口から空泡をはきだしながらその人物は猛烈な勢いで私に近づいてきた。私は半狂乱になって陸に上がろうとしたが、水をすった衣服が予想以上に重くうまく身体を動かすことができない。それでも無理矢理に片足をあげて、体全体をあげる橋頭堡にすると全身の筋肉が限界をこえた圧力をうけてきしんだ。折れたって構わない。全身をかげめぐる血潮が熱い。ほとばしった水流がぴちゃぴちゃと海面を叩く。やっとのことで全身は水面から出きっていた。そのまま倒れ込むようにして荒い息をつきながら全身を土の上に横たえる。すぐに動くのは不可能に思われた。

ぬめりとしたものが足に触れた。首をまわして後ろをみると女の顔がそこにあった。

「待ってください」

 

以上が私と人魚姫との馴れ初めである。このあと、彼女に敵意がないということ、人間と関わりたがっているというのを彼女自身の口から聞いた。はじめこそは古い言い伝えを信じ切っている私からしたら恐怖や畏怖の対象でしかなかった。半ば強制的に、事件が露呈しないように機嫌をとる、その意図のためだけに通い詰める日が何日もつづいた。が、話していくうちに少しづつではあるが彼女にたいして好意の情が萌芽するのがわかり始めた。というのも彼女の話は退屈な宮廷内のだれよりも刺激的で幻想的なものに満ちており、耳を傾けるだけでも十分すぎるほど楽しめた。自然にこの洞窟内に通うことも増えていく。二人きりの時間は増すばかりになった。すると例え種族がちがったとしても、特別な感情というのを抱いてしまうのは人間の性というものではなかろうか。

 

とくに人魚姫の場合は宮廷の女と比較にはならないほどの秘密を彼女の中に蓄えていて、おおいに私の好奇心というものを満たしてくれた。男が恋をするのは好奇心からだと、口の軽い吟遊詩人がうそぶいていたがまさか自分にあてはまるとは予想だにしてはいなかった。うぶなところも自分の好みにあてはまるところだ。宮廷には養殖された天真爛漫さを輝かせる女なら腐るほどにはいる。ただ、人魚姫の場合は男性経験というのが、本当に『弟』ぐらいしかないらしくたどたどしい言葉を選ぶその姿は庇護欲をそそった。

 

「聞いてるの!?」

遠い記憶の旅から戻ると目の前には彼女の厚ぼったい顔があった。彼女の顔は長く付き合っていなくても分かるほどに醜く歪み今にも泣きそうな顔をしている。

「あぁ」

「嘘でしょ」

「いや。そんなことは無いさ」

どんなことにも終わりはある。そして今、彼女との恋は終わる時だ。もう十二時の鐘はなった。

「話があるんだ」

「なに?」

彼女はつとめて動揺していないという素振りをつくろうと努力したのはわかったが抑えきれない不安の色が言葉尻に滲んでいた。その様子をみて、何年も前に捨てた感情である同情心が沸き立つような気がしないでもなかったが、言う言葉をもう何日も前からきめてしまった私はそれを音にして口から出さないわけにはいかなかった。

「別れよう」

いつもと変わりはなかった。静かな洞窟のなかでは水の流れる音と、ビョウビョウと吹きすさぶ風だけがこの荒涼とした風景に色を添えていた。彼女はその唇をわななかせて次に喋る言葉を慎重に間違わないようにぽつりぽつりと選ぼうと掴み取ろうと努力しているようだった。

「冗談でしょ」

「冗談じゃない」

彼女の目と目を、しっかりと見据えていった。一言一言噛み切るように意味を取り違えることのないように、突き放すように。彼女は感情が死んでしまったようだ。のっぺりとした顔にはなんともいえない失望の色の滲む無表情が死んだように張り付いてしまっていた。

「いいの?私と別れて」

次の瞬間彼女の顔がこれ以上に無いくらい卑屈な表情に歪んだ。

「なんだと?」

「いっちゃうわよ。あなたが先代の王を暗殺したって」

「言えばいいさ」

今度は彼女が息を飲む番だった。

「でもどうやって、言いに行くつもりだ?お前のその戯言を」

「それは……」

「ほら、わからないだろう?お前には足がない。洞窟からでることはできない」

「……」

「わかったな?もう二度とここにくることは無いだろう」

言いたいことはすべて告げた。そういうと踵を返した。

「待って!」

彼女はしつこく追いすがった。私はその手を払って、ここだけは言い訳させてほしい、ほんとうに、小突くぐらいの勢いで彼女の肩を押した。すると彼女は大げさなぐらいころげて、片手をついていた岩に頭をぶつけて、そのまま波と波の間に姿を消していった。しばらくするとどす黒い赤色が表面をさらっては静寂を彩った。

 

ー私は、そのまま立ち去った。

 

△△△   ▲▼   ▽▽▽

 

事態が急変したのはそれから少し経ってからだった。

「先代の王の死因をしっている」

と書かれた書簡が私の元にとどいたのである。しかも、そのうえに二人きりで会いたいという旨と日時の指定までしっかりとされていた。宛名こそ書かれてはいないものの、頭をつかうまでもなくまずまちがいなく人魚姫の仕業に違いなかった。

「くそ」

私はいわれるがまま護衛も付けず、件の場所。町外れの城壁のそばにまで歩いて行くよりほか無かった。そこには街の灯りも届きはせず、ただ暗闇だけが目の前にあった。

目配せをすると暗闇に人影が見える。朧気な輪郭が月の光に照らされてはっきりしてくると、それが紛れもない『2本の足の付いた』人間であるということに気がついた。

奇妙な人物だった。普通の麻布の庶民の格好をしているくせに頭全体を隠すように黒布をすっぽりとかぶっていた。

「お前は誰だ?」

怖気づいていることをさとられないように出来る限り威厳を含ませて言った。

「俺は人魚姫の弟だ」

「なんだって?」

予想外だった。

「なんでいまさら私を脅しに来た?」

「決まっているだろう。罪を償わせるためだ」

「罪なんか犯してないさ」

「ねぇさんを殺したくせによくもいけしゃぁしゃぁと……!」

彼の言葉には殺意が混じっていた。

「それでどうするんだ?俺を」

「殺すのさ」

私は笑った。腹の底からおかしかった。もはやそれすらも取り繕わなかった。

「どうやって?たかが魚人が。一国の主に」

「こうやるのさ」

彼は黒布を外した。

あ、と声を出した。

そうか。

それもそうか。

当然人魚姫のような上半身が人というタイプもいれば逆もまた然りだ。私が最後に見たのは整然と並んだサメの歯だった。

あとがき
解説
【ホラー/怖い話】人魚姫その後
小説タイトル作者タグ読了予測時間(分)
みっくちゅじゅーちゅ夜空人間系、グロ注意4
その瞳は何色か夜空ミリタリー、人間系5
ドライブKAITO人間系、パッと読み1
トモダチ瀬尾標生心霊系3
犬鳴峠夜空心霊系5
ピアノと妖精瀬尾標生心霊系6
藁人形夜空心霊系、怪奇系4
幻の原稿夜空怪奇系10
サツジンジケン瀬尾標生心霊系、怪奇系5
樹海の中で夜空心霊系20
違和感瀬尾標生心霊系、グロ注意8
ミソカヨー夜空心霊系、怪奇系10
嫌な家夜空心霊系、怪奇系7
悪魔(上)瀬尾標生心霊系、洋風12
悪魔(下)瀬尾標生心霊系、洋風7
鼻(前編)夜空人間系、意味怖10
鼻(中編)夜空人間系、意味怖10
鼻(後編)夜空人間系、意味怖10
(E)scapeGoat瀬尾標生人間系、サバイバル系7
Night Terror瀬尾標生人間系、パッと読み1
隠し家の三悪人(上)夜空人間系10
隠し家の三悪人(下)夜空人間系10
ホクロ夜空意味怖、閲覧注意5
緊急停止初矢粒人間系、グロ注意3
訳あり物件まるけす人間系、都市伝説、一部実話、パッと読み1
迷信不信初矢粒意味怖、心霊系4
産まれて来るキミへまるけす意味怖、心霊系5
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鉄の雫初矢粒人間系、グロ注意5
催眠まるけす人間系3
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夜空意味怖6
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めいにち夜空人間系、パッと読み3
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