OVER ENDING【スピンオフ】眠らぬ女神が求めた答え プロローグ


 
 もう一度あの頃に戻れたら……なんて思ってしまう事ってあるだろうか。指定した時間に今の自分を送り込んで、もう一度その時に犯した自らの行動をキャンセルして、脳に別の行動命令を出したい。そう思ってしまう事ってあるのだろうか。
 答えは知らない。でも、最低限俺はそう思ってしまう。数か月前の自分の行動を只々悔やみ、変えられない過去と現在に嘆くしかないのだから、思ってしまうことも当然と言えるんだ。
 でも、もう何もかもダメなんだろう。
 この空の下、俺は今日をもって死ぬんだよ。戦場の灰と泥と鮮血に塗れて、人工の綺麗な灰色の空の元、俺は静かに息を引き取っていくんだ。
 誰にも気づかれることなく、誰にも弔ってもらうことなく、誰にも泣いてもらえずに。
 あぁ、なんて惨めな人生を送ってきたんだろうか、俺は。誰かの為にも成れず、自分の存在証明すら成せず、最後には大量の死体に紛れて消えるだけ。因果応報というのだろうか、こういう事を。
 何も成せなかった俺に対する、神様からのおくりものなのかな? そんな事を思ってしまうのも、全てこの状況の所為なんだろう。
 何がリマインだ。何がゲームだ。何が安全だ。
 全然違う。聞かされた話と何もかもが違う!これではまるで――

 仮想と現実が同じだと言ってるようなものだ。

 現実の肉体は傷つかない、とはよく言ったものだ。確かに俺の体は本部でちゃんと管理されているはずだ。
 だったら、何でこれほどまでの痛みを受けなければならない。何で俺は今にでも死ぬ思いをしなければならない。
 そうだ。最初から戦争なんかに参加しなければ良かったんだ。戦場で土に埋もれてゴミと化すと分かっていたのなら、どのみち何も成すことが出来ないと知っていれば、こんな場所には来なかったはずなのに……
 あぁ、もうだめだ。瞼が重い。体全体の力が土に吸い込まれるように消えていくのが感じ取れる。
 もう死んじゃうのか? まぁいいか、もうどうにでもなってしまえ。俺が一人この状況から生き残ったからって、何かが変わるわけでもない。生き残ったって戦況が変わって戦争が終わるわけでもなければ、誰かの人生を変えられるわけでもない。
 だったら、俺みたいなヤツは死んじゃえばいいんだ。そうだ、死ねば楽になれるんだ。こんな地獄みたいな状況から逃げられるんだ。

「あぁ、なんか……スッキリした。吹っ切れれば、結構楽なものだな。最初から抗うことなく死んでいればよかったのかも知れないな」

 残った体力の限りを尽くして、俺はこの狂った人工の空に向かって笑う。何もかもがバカバカしく、何もかもが無意味に思えてくる今だからこそ、ただ空に向かって叫ぼうではないか。多分、戦場で死に間際に大声で笑ったヤツが居たって覚えてもらえればいいんだ。それが丁度いい。

 あぁ、そういえば今頃妹はどうしてるだろうか。まだ中学三年生だったな。今年受験だから忙しいのに、俺が死んだら受験に集中できなくて落ちちゃうかもな。お袋も親父が退職してからは俺の仕送りで食っているのに、俺死んだら大丈夫なんだろうか。保険金とか退職金とか送られるのかな?
 そういえば、アイツは元気にしてるかな? 高校の時は結構お世話になったからな。唯一の友達だったから、アイツが居なかったら学校生活が苦痛だったかも知れなかったな。まぁ、結局一年までしかいなかったから残りの二年はボッチだったけど。
 やべ、なんか腹減ってきた。こういう時は実家近くで売ってたメンチカツが丁度いいんだよな。安いし、おいしいし、大きい。常時金欠の学生にとっては最高のおやつだったな。あれを毎日食べていた日が懐かしいな。

「――死にたくねぇな。まだ、死にたくねぇな」

 まだ、お袋にただいまって言ってねぇんだよ。
 まだ、妹に受験頑張れって言えてねぇんだよ。
 まだ、親父に今までお疲れ様って言ってねぇんだよ。
 まだ、アイツにありがとうって言えてないんだよ。

 まだ、やってないことが一杯あるんだ。今俺が死んだら誰が家族を支えるんだよ。今死んだら彼女出来ないまま死ぬことになるじゃねぇかよ。今死んだら、まだ俺の事が誰にも覚えられないまま戦争の塵となって消えちゃうじゃないかよ!
 もう少しだけでいい! 一年もいらねぇ、一週間だけでもいいんだ。それが嫌なら一日だけでもいい。最後に……死ぬ前にやらせてくれよ。誰かに、俺という存在を残させてくれよッ!

 必死にもがいて両手を伸ばす。その空を掴むように、手中に収めるように、神に助けを望むように、俺は残った力を使って指先を灰色の雲の向うに隠れた青空に向かって伸ばす。だが、上昇していく俺の悲願と共に、徐々に物語の幕は閉じていく。ゆっくりと視界が細くなっていき、やがて幕は地についた。

「死、にた……くない……」

 劇の終了のお知らせ、やがて役者は演じることを止める。物語のセカイは消えてゆき、やがてそれは――

「なぁ知ってるか? 人間は死んだ後の数秒はまだ聴覚が生きているらしいとさ」

 消えると思っていた劇。終わったと錯覚していた物語。だが、ライトが照らさない真っ暗な舞台の向う側、境界線の引かれた幕の向う側で、一つの声が響く。

「なぁ知ってるか? 人は脳の10%も使っていないと言われてるが、あれは間違った知識らしいとさ」

 光を通さない壁の向う、死に向かう俺の視線を背後へと向けたのは、壁の向うで光る一点の燈りだった。どういう形かは見えない。どういう色かも分からない。
 でも、その燈りが俺に語り掛けていることだけは理解出来た。

「なぁ知ってるか? 聖書で最も人間を殺したのは悪魔じゃなくて神様なんだとさ」

 見てみたい、その向こう側で俺を呼びかけるその人の顔を。振り返れば終わり、だけれど手を伸ばせば届く距離にあるその声に、俺は手が届かない。
 恐れているんだ。見えぬ暗闇の触れた先、何が俺を待ち受けているか分からない故に、怯えているんだ。振り返ることは簡単だ。興味を示さず、不穏の地から立ち去ればいい。でも、どうしても向う側の光は俺を手放してはくれない。振り替えようとすれば、それよりも強い光で俺の自我を見えない引力で引っ張っていく。
 ――引っ張りだこだな、こりゃ。
 選択肢は二つだ。このまま振り返って底の見えぬ闇へと消えるか、無知の領域へと踏み込んでみるか。鬼が出るか蛇が出るか、今の俺には何も分からない。ただ、一つ分かるとすれば、

 このまま振り返ってしまったら、俺は本当に何も出来ないまま死んでしまう。

 だったら一つしかない。俺に与えられた選択肢は実質、一つしかないんだ。何かを成し遂げたい、自分の存在を現実に埋め込みたい。だったらその願いを叶えて見せろ、俺。その幕の裏から俺を呼ぶ光に手を伸ばして、何かを成してみろ。
 そしたら、何かが変わるかもしれないだろ。

「――さ、さっきから、誰なんだ」
「お、起きたか。可笑しな笑い声が聞こえると思ったら、こんな場所で寝てるやつがいたんだ。起こすに決まってるだろ」
「なんでそこまでして……俺を助ける?どのみち、死ぬかも知れないんだぞ?」
「死ぬときは死ぬよ、人は。でも、死なないときは死ぬべきじゃないんだ、人っていうのは」
「はは、意味わかんねぇ。そういう変な考えは俺じゃなくて他を当たってくれ」
「お、お前……、それが命を助けてくれた恩人への口の利き方か?」
「別に助けてほしいと言った覚えはないがな」

 触れて実感する。この温もりを感じて初めて理解する。
 ――こんなに人と話すのは久しぶりだな。
 人口の日光がこの一面を照らす中、俺の目の前には一人の女性が立っていた。影でハッキリと姿は見えないけれど、瞳に映る輪郭には俺が求めた答えが表示されている。
 左手には1.5メートルを超えるバスターソードが握られていて、右手でいとも簡単にその巨大な剣を振り回し地面に突き刺す。女性というよりは女戦士って感じかもしれない。
 立つことすら出来ない体力でどうにか両目を開いているこの現状、俺はただひたすら彼女の言葉に自らの答えを上乗せするだけで精いっぱいだった。普通なら話している暇すら、余裕すらないというのにな。
 だが当然、戦場で悠長に立っているだけじゃ簡単に殺されてしまう。そりゃそうだ、ここは血と悲鳴が飛び散る戦場はかばなんだから。

「――あ、危ないッ!」

 叫ぶことしか出来ない。遠くの敵が発した弾丸ウイルスデータから俺はこの女性を守ることは出来ないんだ。四肢はピクリとも動かずに、ただ地面の泥を吸い取るだけ。声をあげてもそれが届くとも限らない。でも、それしか今の俺には出来ないから。
 頼む、誰か。
 俺は何も出来ないから、誰か助けてやってくれよ。自分で守ればいいじゃないかって?今の俺には荷が重すぎる。だから、誰か――俺を助けたこの人を助けてくれよ。

「【VOID我は答えを求めぬ】」

 彼女が灰色の天空目掛けて手を振りあげるのと同時に、目の前に閃光が広がる。
 太陽の光より鋭く、闇より明るく、泥より温い。直視することの出来ない光が視界を覆う中、俺の視界は無意識のうちに目前の出来事を捉えた。
 光が発する中心、そこにあるのは透明の壁、徐々に姿を消していくウイルスデータ、そして鋭い目つきで笑う美しい女神の姿。
 薄っすらとしか色を持たない魔術の壁に触れるにつれ、真っ黒な敵の攻撃は“無”へと帰っていく。形すら、存在すらこの世の中から消していくかのように。まるで、触れるもの全てを拒否するかのように。
 これは、本当に魔術なのか。俺が知っている魔術と同じものなのか。そう思ってしまうほど、彼女の魔術は異例で、それ故に美しかった。

「ありがとう、教えてくれて。少し遅れてたら、私は死んでたかもな。これでお相子ってわけだ。まぁ二人とも助かったんだから最後まで生きないとな。先に行って待ってろ、私はもう少し仕事してから帰るから。それじゃ、後でな」

 やめろって、それ以上言うなって。お前、それ完全に――

「フラグじゃねぇかッ!」

 その言葉がこいつに届いたかは知らない。唯一言えることは、俺の精神は徐々に現在の肉体から元の肉体へと移動しているという事だけだ。
 【強制ログアウト】の文字が瞳に映りながら。

「お、起きたか? 待ちくたびれたぞ」

 凄いデジャブ、この会話つい最近した覚えがあるのは気のせいだろうか……? いや、多分気のせいじゃないな。

「よ、よう。生きてたのか」
「それはこっちのセリフだ。お前、私が戻ってきた時にはベットで気絶してたんだ。動かないから死んだかと思ったんだぞ」
「――お前がそれを言うか。あんなフラグ乱立させやがって」
「え? 声が小さいな……聞こえないからもっと大きい声で話せ」
「あぁもう、いいって。何でもない。……んで、ここってどこ?」

 嗅覚を刺激する薬の匂いに、衰退して剥がれたペンキの裏にコンクリがこちらを覗き込む天井、物がきれいに整頓された大きな部屋。当然俺の部屋ではないことを確認すると次に出てくるものはたった一つだ。
 ――ここどこだよ?

「ここか? 私の部屋だが、何か問題でもあるのか?」

 女の子の部屋と来た。
 予想の斜め上の答えが背後から襲ってくるとは知らなかった俺は、当然思考が数秒の間停止する。が、数秒のレイテンシーを得て俺の思考は復帰する。
 医務室かなと予想した俺がバカみたいじゃねぇか。どういう状況だよ、何で医務室じゃなくて女の子の部屋なの? この冗談は童貞にとっては冗談の度を越えてるんだぞ、どうしてくれる? 俺の純情を弄んで楽しいか、あ? そんなに童貞が珍しいか、悪かったな今でも童貞で。25歳まで童貞で何が悪い、違法とでもいう気か? だからこうやって罰を与えているのか、え? なぁ、どうなんだよ。そこらへんちゃんと答えてくれよ!
 ――冷静になれ、俺。俺は一体誰に怒っているんだ? いったん落ち着け、俺。深呼吸だ。
 すぅはぁ、と大きく深呼吸して精神を安定させる。惑わされるな、こんな誘惑に負けるな俺の理性。紳士的に、何事もないように平然としていればいいんだ。大丈夫か? 大丈夫だ、問題ない。

「な、なななんでオリェ、貴方のへ、部屋にいるんでしょうか……?」
「どうしたいきなり。喉にウイルスデータでも入ったか?」
「ち、がう。というか、答えろよ俺の質問に……です」
「まぁ、簡単に説明すると医務室で寝かせようと思ったけれど、負傷者がやたら多くてな。精神が壊れて植物状態のやつが出たり、強制ログアウトのバグで前頭葉をやられたやつとか、リマインで切られた腕が痛いと幻想の苦痛を感じる者とかがいてな。でもお前はただ寝てただけだから邪魔だって言われて私の部屋に連れて来た。お前の部屋知らないからな」

 なるほど、童貞を弄ぼうとして入れたわけじゃないらしい。それを知れただけで十分だ。
 というか、強制ログアウトって結構危ないんじゃないの、前頭葉が損傷するくらいだから……? 生きているのが奇跡?
 はぁ、なんか緊張が解けてきた。なんかさっきまで緊張していた自分がバカみたいだな、本当に。

「あ、あぁなるほどな。それじゃ感謝しなきゃな。お前のお陰で俺は戦場から帰ってこれたんだから」
「命の恩人に感謝すらしない礼儀知らずの男かと思ったが、少し見直した」
「そりゃどうも。そんなクズに見られたら溜まったもんじゃねぇからな。よし、それじゃ俺はもう帰らせてもらうよ。世話になった」
「まて、まだ全治してないんだ。もう少しは休んでいけ」
「いや、もう十分だ。これ以上お前に迷惑もかけられないだろ?」

 ごめんなさい、普通にここにいると俺の理性が可笑しくなりそうなんだ、お願いだから俺をここから出してくれ色々爆発しそうだ。

「そうか。ならしょうがないな。次からはあまり無茶な戦いはやめろ、死んでしまうからな」
「分かったよ、次からは気を付ける。それじゃ、俺はもう行くよ」
「あぁ……あ、ちょっと待て。名前をまだ聞いてなかったな。フフフ……折角私が助けたんだ、誰かに自慢する際に名前まで言わないと信じてもらえなさそうだしな!」
「あのなぁ……そんな理由で人に名前を聞くなよ。まぁ、いいけど。俺、トオル・アダチっていうんだ。一応これでも階級は軍曹だ」
「そうか。私はエリス・アイゼンフーヴァーだ。これでも私は、大尉なんだ。それも22歳、若いだろ」
「え……、た、大尉!? し、失礼しました! 大尉とは、し、知らずにため口をッ!」

 というか、22って。確かに透き通った綺麗な顔を見れば二十代前半ってのは分かるけど、直接言われると3つも年下の、しかも女の子に助けられたという事実が俺の陳腐なプライドに刺さるんだが……それも大尉と来た。俺の心はボロボロだよ、もう。

「ははは、お前は面白いやつだ。気にしなくていいよ、トオル。私はそういう事あまり気にしないから」
「はぁ、了解しま……わかったよ、エリス」
「お、おお。適応能力速いな。うん、そっちの方がいい。それじゃな、トオル。またいつか」

 そうして俺は戦闘の女神、エリスの部屋から出て、見慣れた不細工な廊下に立っている。甘い匂いは既に消えていて、残るのは嗅ぎなれた鉄分の匂い。大きく深呼吸して、俺はその場に膝と両手をついて悶える。今、俺は――

 猛烈に後悔している。

 ――ちくしょー! 女の子と仲良くなれるチャンスを何で俺は捨てたんだ、このチキン野郎ッ!

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