OVER ENDING【スピンオフ】眠らぬ女神が求めた答え 上

 エリスに助けてもらって数週間後、今からは数日前かな、俺の部隊とエリスの部隊の共同練習の場で俺たちは再開した。
 不幸か幸いか、よく分からない状況で。

「お前、何言ってんだ。あぁ!? このカミーラちゃんの方が可愛いに決まってるだろ!」
「お主は何を言ってるんです? ミーシャたんの方が可愛いに決まっているじゃないですか。寝言は寝て言いたまえ。得意でしょ、『眠りの第五魔術中隊』のエリック殿~?」
「てめぇ、今なんつった?! お前も覚めない眠りに落としてやろうか、あ?」

 意味の分からない乱闘が繰り広げられている。人混みの輪の中、一人はエリスの中隊のザック・シャンクス一等兵、もう一人は俺の小隊のエリック・マーザ上等兵の二人が拳の語り合いをしていた。周りの人間には大声をあげて盛り上がってるやつもいれば、携帯端末を取り出して動画を取っているやつもいる。当然俺は引き下がって喧嘩が終わるのを見守る側だけど。

「やつらはいつも何で喧嘩してるんだ?」
「……一つ言えるのは、こいつらは自分らの嫁の為に戦ってるんだ」
「エリックもザックも結婚はしてないだろ。久しぶりに会っても、やっぱりお前は可笑しな事を言うやつだ」

 やつらの人間的価値を保つためなら、俺は身をもって自らをドブの池に飛び込んでやろう。それで奴らの性癖がこの何も知らない純情な人に知られないのであれば。

「止めないのか、エリスさんよ」
「何で喧嘩してるのか分からないんだから、止めようがないだろ。トオル、お前が止めればどうだ? 知ってるんだろ、何で殴り合っているのか」
「いや俺、アイツらの喧嘩に茶々を入れるようなら明日朝を迎えることが出来ないぞ」
「確かにお前のその貧弱そうな体じゃ……、うん、あの二人には敵いそうにないしな」

 明らかに俺のこの肉体をバカにしてやがる。いいんだよ、俺は。戦闘派じゃなくて頭脳派だから。
 自分で言って置いてバカだなぁと思う言い訳を内心呟きながら、俺とエリスは二人の喧嘩を外から見守る。
 喧嘩して、拳で殴り合って、大声で叫んで、それを見て笑って。
 改めて見ると、こういった日常の大切さがわかってくる。普通で居ることの重要さが、平凡の必要さが、凡庸の大切さが、騒音と雄叫びと笑声を辿って伝わってくる。これが普通なんだ。こんな笑っていられる時間が普通でなくちゃいけないんだ。そうでなきゃ、死ぬ間際に思い出しちゃうのが戦場での残酷な出来事だけになってしまう。死ぬ直前まで絶望的な現実を突きつけられちゃ、低確率の生存すら信じられず諦めてしまうから。
 数週間前の出来事を思い出す。今でも鮮明に思い出せるさ。泥の匂いも鉄の匂いも、敵の鳴き声も兵士の叫び声も、攻撃を食らった時の痛みも何も出来なかった自分への痛みも、些細な情報全てが海馬を少し探ればすぐに浮かびあがってくる。
 ――あぁ、嫌な事思い出したな。早く忘れるか。
 頭を左右に振って思考を一度リセットさせようとすると、後ろの方から聞きなれた男の声がした。

「おぉ、今日もいつも通り仲がいいねぇ」
「あ、ウォーカー中佐じゃないか。久しぶり」
「なんとこれは、いつも通り美しいエリスちゃんじゃないか。という事は、あれはエリック君か」

 あれ、俺の聞き間違えじゃないよな。うん、そうだ。後ろの人が中佐のわけがない。もしそうなら、今頃俺たちは普通に死んでる。こんな場所で喧嘩してんだ。罰を受けないわけがない。
 そうだ、振り返って確認すればいいじゃん。大丈夫だ、ウォーカー中佐のはずがない。階級昇進の時以来、一度も会ったことないから多分違うな。うん、大丈夫のはずだ。

「アダチ軍曹、大丈夫か? 顔色が悪いようだが……」

 はい、顔色が悪いですよ。当然じゃないですか、だって本当に中佐だったんだもの。しばかれる事を覚悟するのが普通だと思うんですよ、普通は。
 あぁ、エリスさんよ。折角俺を生かしてくれたのにもう死にそうだよ。

「――ち、違うんです、ウォーカー中佐! こ、これは、次の作戦で一緒になる者同士で親睦を深めているというかなんというか……」
「ははは、大丈夫だよアダチ軍曹。そんなに緊張しなくてもいいよ。それに、あの二人は親睦を深めているんだろ? だったらそんな罰せられる子供のような態度はとらなくてもいいんだよ?」
「はは、そ、そうですね、ウォーカー中佐」
「トオル、何緊張してるんだ?」

 何でお前はそんな平然としてるんだよ、中佐だぞ中佐。まぁ、確かに俺も大尉のエリスにはため口だけどさ……中佐だからさ。俺たち第一から第五魔術部隊を含める第一魔術大隊の隊長なんだぞ、そりゃ緊張もするって。

「ウォーカー中佐、何か用だったか?」
「あぁ、そういえば。もう直ぐ次の作戦だから様子を見に来たのさ。ちゃんと仲間同士でやってるかなってね」
「ああ、見ての通りだ」

 うん、普通に喧嘩してるけど、そのおかげか俺たちの中隊とエリスの中隊はそれなりに中睦まじくなったとは思う。一緒に笑うようになったし、一緒に喧嘩するようになったし、一緒に騒ぐようになった。結構上出来だとは思う。
 だが、そんな仲も戦場に行けば話は変わってくる。皆、仲間を助けるよりは自分を守るので必死だから、他人の事なんて気にしてられない。効果を発揮するとすれば、戦後にこういうやつ居たなと覚えてもらう事くらいだ。
 ――まぁ、俺はそれすらもしてもらえるか分からなかったんだが。

「ほんとうちの中隊と第五中隊はちゃんとやってるよ。この数日間で結構固い友情を築いている」
「そうか、それなら頼もしい。それじゃ二日後の戦線は安心だな。期待してるよ、エリスちゃん、アダチ軍曹」
「は、はいッ!」

 二日後の戦線。
 そう、俺たちはその二日後の戦争の為にこうやって今も訓練をしている。あの地獄みたいな紛争で生き残るために、誰かを失わないために。
 またやってくるんだ。もう二度と戻りたくない血生臭い戦場が、もう二度と感じたくない後悔だらけの戦場が。
 今度も必ず生き残ってやる。折角もらった命なんだ、そう簡単に死んだら申し訳ないだろ。必ず生きのびて、またここに帰ってくるんだ。
 そうすれば、また今日のように笑って過ごせるから。

「第五中隊、後方からの援護射撃開始! 第二中隊と第三中隊は第二軽装歩兵大隊の援護を、第一中隊は第一重装歩兵大隊と前衛で敵を片付けろッ! 絶対に勝利を本部に持ち帰るぞ!」
「「「おおおおぉぉぉぉ!」」」
「第一魔術大隊、前進ーッ!」

 ウォーカー中佐の号令の元、俺たち第五魔術中隊は命令通り後方から前衛と中衛の援護に回っていた。大隊の最後尾を任された俺たちは、前線のやつらが死なぬように魔術を連発する。
 
「第五中隊から各小隊長へ連絡。アダチ軍曹、ブロント軍曹、イリーナ少尉、各小隊から負傷者が出たら直ちに報告せよ」
「「「了解!」」」

 左耳に指をあててフロイド少佐からの命令を後に指を外して、右手の軍事用試作ロングソードの柄を両手でつかみなおす。
 ズシリと偽物の重さが両腕の筋肉に伝わる。緑色や青などのデジタルの数字や文字が辺りにちらつく中、俺は目前の戦火に目をやる。

「オペレータに連絡。前衛は前方何メートルさきに居るか、教えてくれ」
『えーと、ここから5キロメートルあります、アダチ軍曹!』
「なるほど、普通に遠いな。ありがとう。よし、遠距離攻撃の出来る者は前衛に加勢してくれ! ほかのやつらは前衛が倒し逃したアンチデータを狙え!」
「「「了解!」」」

 遠距離攻撃の出来る二人以外の全員、俺も含めて、中衛の援護と倒し逃しの敵を倒し始める。個々が魔術を起動させるとともに発する効果音が耳を満たし、派手なエフェクトが視界を埋める。それらの魔術によって、敵部隊の数は徐々に減っていっていく。
 肉眼では確認できない戦況を見るために、指を側頭部に立てて視界を拡大させる。視界に映るのは軽装歩兵大隊が刀やロングソードやその他様々の武器で敵の部位を粉々に切り刻む姿が映ったり、彼らの背後から援護魔術で手助けをしている魔術師の姿が映っていたり、それよりも後ろで指令を出す各小隊長の姿がある。
 ――さて、アイツはどこだ。
 ズームインした状態からもっと視界を拡大させ遠くの現状を確認する。いくつかの魔術エフェクトが光を放つ中、その中央には第一魔術中隊と第一重装歩兵大隊がアンチデータと戦闘していた。その中に一人だけ目立つ兵士がいる。
 バスターソードを両手で振り回しては、直ぐに武装解除して薙刀を装備し、また振り回し、攻撃を高純度魔術で無力化する一人の女性の姿が、最前線で敵が無造作に殺されるど真ん中に見える。

「うわっ! なんて戦い方だよあれ……強引すぎ」

 あんな戦い方なんて今まで見たことがない。魔術を発動させるだけでも脳の処理速度が追い付かないのに、それに重ねて数回もの装備変換とか。無茶苦茶としかいえない。どんだけ脳の容量有り余ってるんだよ、少し分けてほしいくらい。

「あれ、エリス大尉ですよね。凄い戦い方ですね」
「ビクター兵長か。そうだな、あれは俺たちみたいな未熟な魔術師には真似できない戦い方だ。真似しようとするなよ? 脳が焼き切れて植物人間になっちゃうから」
「それは……まだ嫌ですね。まだ今月分の給料もらってないので」
「お前も現金なやつだな。って、ビクター兵長! 前方注意!」

 隣にいるビクター兵長に向かって敵の攻撃が飛んでくる。禍々しい真っ赤な砲弾が視界の端で見えた瞬間にビクター兵長の頭を強引に下げて避ける。けれど……
 ――おいおい、こっちは後方にいるんだぞ! どんだけ飛距離あるんだよ、あの攻撃!
 約1メートルの弾頭が重量と勢いの所為で半分以上が背後の地面に突き刺さっているこの現状、俺はそれを簡単には受け入れられなかった。当然だ、ここから中衛の戦場だって700メートル離れているというのに、余裕でこちらを狙ってくるなんて。
 もし、ここが現実世界だったら今の距離は余裕で射程範囲内に入るんだ。でも、ここ電子世界ではまだ複雑な武器は再現できない。ロケットランチャーはおろか、銃すらまだほとんど対応していないのだ。使えるのは剣や刀などの単純な形状の武器のみ。2032年の今、俺たちは15世紀以前の戦争方で5世紀先の敵を倒さなければならない状況下にいる。だからこそ、2キロ、もしくはもっと奥からの攻撃は脅威でしかないんだ。
 もう一度指を左側頭部にあてて、敵からの攻撃方向を辿って居場所を突きつける。予測発射地点の戦場、そこに居るのは弾頭同様の真っ赤な殻をかぶったアンチデータだった。何と派手な色だ、と思っていたところに別の出来事が俺の視界を釘付けにする。
 ――あれもしかして、エリス⁈ ってことはエリスのとこからあんな攻撃を撃って来たのかよ!
 視界の端、ちょうど左下にエリスが薙刀を振り回して大勢の敵を殺しまわっている姿が映っている。
 あの化け物はなんだ。エリスもそうだが、あの赤いアンチデータの方は俺が今まで見た敵の中で一番の強者だ。一キロメートルという長距離からの適格な狙撃、直撃すれば知らぬ間に死を迎えられ、巻き込まれれば激痛が脳を襲う。だが、そいつの脅威はここでは終わらない。
 左右にある剛腕で握られた巨大な大剣、それは味方であるはずのアンチデータですら簡単に真っ二つに切り裂く力を持っていた。大雑把に振るだけで嵐が起こり、次の一歩を踏むだけで血しぶきが空を染める。よく観察すると、背後には幾つものでっぱりがあるが、多分それらは先程俺たちに向かって飛んできた弾頭だろう。それを踏まえて考えると……

「あ、あのアンチデータ、最低でも十メートルはあるぞ! いつ湧いてきやがったんだ」
「に、十メートル⁈ それってかなりデカい方じゃ……」
「あぁ、俺たちが消してきたアンチデータの中ではトップランク級だ」
「そ、それじゃエリス大尉、結構危ないんじゃ!」

 あぁ、俺も今それに気づいたところだ。エリスとそのデカブツの距離はそこまで離れているわけじゃない。少し振り向けば肉眼で確認できるくらい、二人の距離は短い。どんなにあのエリスでも十メートル級はきついと思う。第一魔術中隊が全員で殺しにかかれば倒せるかもしれない。でもエリスの周囲にいる仲間数名では到底無理がある。
 でも、今の俺に何が出来る。それを知っているからと言って、俺がエリスに何かできることはあるのか? 連絡コードは中隊単位でしか共有しないから一々ウォーカー中佐に橋渡し役として動いてもらわないといけない。でもそれだと時間が足りないんだ。
 電子世界での一秒の遅延は死に直結するくらい生死の判決は速やかに行われる。だから、今こうやって悩んでる暇があるなら何かを行動に移した方がいい。
 でも何を? 分かるはずがない。俺みたいな弱いやつがどうやってエリスみたいな強いやつを助けられるのか。そんなの知っていたら俺だってもっと活躍できたはずだ。英雄と皆から称えられて、中隊の隊長とかやったりしてさ、誰かを助けれることの出来る人になれたのにな。
 頭がうまく回らない。さすがにパニックしすぎて思考が形を失い始めた。何をすればいいんだ。今の俺に何が出来る。俺の力であいつを倒すことなんて出来っこないし、だからと言ってエリスにあのデカブツの存在を知らせるのも……
 いや、待てよ?
 ――別に口で知らせる必要はないのでは?

「ビ、ビクター兵長。もし俺が倒れたら、ここの指揮はお前に任せる。分かったな」
「え?! それはどういうことですか、アダチ軍曹!」

 知るか、今は考えてる暇は無いんだ。一つの事だけに集中しろ、エリスに伝える事だけに専念しろ。
 俺からあのデカブツまでの距離は約1km。その場所に正確な攻撃をくらわすにはそれなりの計算が必要だ。
 脳をフル活用させろ。必要な情報以外は全て捨てちまえ。
 左手は側頭部に触れたまま、右手だけを空に向かって伸ばし、声を放つと同時に俺は右腕を振り下ろす。

「これでどうだ! デカブツッ!」

 天空に一つの魔法陣が描かれる。一点を中心に幾つもの円は広がり、文字が時計回りに綴られる。魔法陣が完成するにつれて徐々に雲行きが怪しくなり、轟音が空を埋め尽くす。天の灰色が濃くなりはじめ、人工の日光は一粒一粒の雲で閉ざされてゆく。影だけが戦場に残り、相対なる明かりは瞬時にその姿を隠した。
 だが、その戦場は一瞬にして色を変える。
 一柱の閃光が戦場を切り裂く。刹那の出来事に、世界は閃光の中心へと振り向いた。驚くほどに変色していく戦場に驚愕した兵士たちは大きく目を開いて、空架ける稲妻を見上げる。その数フレーム後に、空気が振動で揺れ轟音を生み出す。
 落ちる一線の先、光が目指す場所に一つの影だけが強くなる。近づけば近づくほど濃くなる影、だがその黒い影も触れると同時に砕けるように消えた。流れた電流が身体をめぐり、やがて動きが止まる。だが、仕留めることは出来なかった。
 だが、それでいい。これで十分なんだ。
 予想通り、あのデカブツとは別の方向を見ていたエリスは雷音と稲妻を視界で捉えて振り返る。当然その視線の先にはデカブツが映っていて、エリスも危険だと察知したのか左手を耳にあてて部隊に指示を下しているように見える。
 それを確認出来たのであれば十分だ。もう、俺の役目は果たした。さすがにオーバーヒートしすぎたのか、体が思うように動かない。視界は遠ざかり、意識は朦朧としたまま。

「オ、オペレーターに連絡。ログアウト申請を要求する」
『少し待ってください。……申請を受諾しました。いつでもログアウト可能です、アダチ軍曹!』

 オペレーターへの申請が通り、目前に一枚のフレームが現れる。オレンジ色の縁をしたフレームには<ログアウト申請受諾>と書いてあり、その下には<ログアウト開始>のボタンがあった。力尽きた腕を必死に持ち上げて、人差し指でそのボタンを押す。
 足元から体が消えていくのが感じ取れる。空気に融け込むように消えていく体からは数字と暗号化したコードが露出し始めた。

「ビクター兵長、後は頼んだ」
「し、しっかりしてください! アダチ軍曹!」

 あぁ、やり遂げたんだ。少しは役に立てたんだ、俺だって。もういいや、今日は。早く部屋に帰って寝たい。もう疲れた。
 こんなにも良く働いたんだ、今日くらい休んでもいいでしょ。
 そんな下らない事を最後に思いながら、俺は電子世界から姿を消した。

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タイトル時系列作者
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なぜコウヤはモテないのかRe:bit瀬尾標生
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眠らぬ女神が求めた答え 中第3次世界大戦瀬尾標生
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