OVER ENDING【スピンオフ】眠らぬ女神が求めた答え 下

走る。
目的地は明確で、俺のやるべき事はその場所へと向かうのみ。
脚の筋肉に無理がかかり激痛が全身を巡るけれども、今はどうでもいい。足の一本くらいくれてやる、腕の一本くらいくれてやる。
欲しいものがあるなら全てくれてやる、神様。だから、今だけは俺を助けてくれ!
まだ、何も恩返しをしてないんだ。
まだ、はっきりとありがとうって言ってないんだ。
まだ、この気持ちを伝えてないんだ。
だから神様ってやつがもし俺の話を聞いているのであれば、頼むから今だけ俺の願いを聞いてくれ。
都合のいい他力本願だってのは承知の上だ。でも、頼らせてくれよ。今は、全知全能の神という曖昧な存在しか頼る事が出来ないんだ。ともに歩いて、背中を預けられるのはアンタしかいないんだ。
だから、神の技という物を見せてくれよ。
俺に、エリスを助ける力をくれッ!

『――こちら、オペレーターのセシルです! アダチ軍曹、エリスさんがログアウト出来ない状態にいます!』
「あぁ、分かってる! セシルは直ぐに俺がリマイン出来るように準備してくれ!」
『了解です! お待ちしております、アダチ軍曹!』

耳に着けていた通信機を拳で握りつぶして廊下の壁に投げつける。電流が流れる音が聞こえると同時に壁にプラスティックといくつかの鉄が四方八方に散る。
古びた廊下を全力疾走する俺の姿を確認した他の兵士はありがたいことに徐々に道の端へと移動して、俺の進行の手助けをしてくれている。幾つもの視線が俺を向いて疑問の面影を見せるが一々説明していられるほど悠長じゃないんだ。一刻も早くつかなければならない。一分一秒の全てが無駄に出来ないんだ。
だって、人間ってのはその少しの間で命を落としてしまうもんだから。どんなに努力しても、助けるのが遅かったら、救うのが遅れたら、繋ぎ留めていた命綱は簡単に切れてしまう。
だったら俺は命を落とす数秒前にその命を救って見せる。いや、必ず救うんだ!

あっという間にリマインルームに着いた俺は勢いに任せてドアをこじ開ける。バンっと轟音が部屋と廊下に響き渡る中、俺は開かれた可能性へと歩いていく。
視線の先には涙ぐんだセシルの姿とその隣で起動しているリマイン端末が青い光を放って俺の到着を待ち構えていた。

「あ、アダチ軍曹! は、早く来てください! エリ、ス、さんが!」
「分かってる! 直ぐに準備するから待ってくれ!」

余分な服をその場で脱ぎ捨てて、リマインの為に精神を落ち着かせる。息を肺の奥深くまで吸い込み、ゆっくりと溜まった息を吐き出す。
冷静になって、はじめてわかったことがある。普通に考えていればすぐに解っていたことなのに。
俺がしゃしゃり出て、こんな弱い俺がエリスを追って戦場に出たからと言って、何かが変わるのだろうか。何かを変えることが出来るのだろうか。今までさんざん守ってもらう側に居た俺が、いざ誰かを守る側に立ったらちゃんとその人を守れるのだろうか。
徐々に広がる疑問に対し、俺はリマインすることに躊躇してしまう。俺よりも他の強いやつに頼った方がいいのではないか。俺よりも頼れるヤツに頭を下げた方がいいのではないか。
だが、そんな否定的な思考を回している間に、最悪の人物がこの場に現れた。

「――何をしているのかね、君たち?」

周囲に響く低音を感じ取った刹那、俺はその発信先の方へと頭を傾ける。ゆっくりと、まさかと思いながらも現実を確認するために俺はこの二つの眼球で目前の人物をはっきりと捉えた。
姿を見れば直ぐにでも分かる。見間違えることもなければ、先ほどの声を聞き間違えることもない。
信じたくない現実が脳を横切る。歩いてきた道が崩れ始め、やがて俺は道なしの底へと落下していく。

名は、オリバー・グランツ。階級は中将。今現在は、俺の宿敵だ。

何でこんなところにいるかなんて知らない。知る由すらない。でも、実際にここにいるんだ。エリスを電子世界に閉じ込めた張本人がここにいるんだ。
今にでもこの拳であの顔面を殴りつけてやりたい。俺たちを睨むあの眼球を抉り取ってやりたい。俺を不愉快にさせるあの舌を引き千切ってやりたい。
溢れ出る憎悪に俺の心は耐えることが出来ず、無意識のうちにリマイン端末の接続を切って立ち上がる。右手を強く握りしめ、爪が手の肉をえぐりながら血を吐きながらも俺は止まらない。
徐々に近づいてくるグランツ中将を睨みながら、俺は殺意の一歩を進もうとした。
――けれど。

「アダチ軍曹。いえ、アダチさん! あなたは先に行ってください」

俺をグランツ中将から守るようにセシルが両手を広げて、背後の俺にそういった。

「駄目だ。俺はこいつを殺すまで殴りでもしないと……ッ!」

「今、エリスを守れるのはあなただけなんですよ! あなたしか、アダチさんしかエリスを守れないんです。エリスを……救えないんです。だから、お願いし、ます。どうが……エリズを……だす、げてください!」

見ていなくとも分かる程、セシルはその綺麗な顔に涙を流していた。多分、自分でもわかっているんだ。セシル一人じゃグランツ中将を止められないことを。でも、それでもセシルは前に立った。誰かを守るために、自分すら犠牲にして誰かの盾になっているのだ。たくましいほど、見惚れてしまうほど、俺の目前に広がる背中が大きく見える。俺に、こんな事が出来るだろうか。俺も、このように誰かを背に戦うことが出来るだろうか。

「そこをどけ。これは命令だ」
「いやです! 絶対にどきません!」
「貴様、私の命令に歯向かうのかッ!」
「――ッ! わ、私はッ、大切な仲間を見殺しにしなければならない命令に従う気はありません!」

すまない。
その言葉しか浮かばなかった。俺が今出来ることは、セシルをここに置き去りにしたまま、エリスを助けに行く事だけだ。それ以外に、俺が出来ることは無い。
抗ってみようではないか。このクソ狂った現実に、強制的に選ばされたレールの物語に、俺の小さな勇敢さに。

「ありがとう、セシル。あとは任せた。必ず、連れ戻すから」
「了解です。絶対に帰ってきてくださいね」

その言葉を聞いて、俺はもう一度リマイン端末に接続する。徐々に準備が開始し、やがて俺の精神は肉体から離脱していく。
行く先は、エリスのいる場所へ。

見たこともない砂漠に俺は立たされていた。
太陽は誰にも邪魔されることなく大地を照らし、熱は風に靡きながら周囲の温度を上昇させてゆく。
そんな中、俺はたった一つの現状に五感の全てを囚われていた。ありえない事象に、あってはならない現実に、俺は自分の目を疑った。これは嘘だと、これは夢だと現実を拒みながら何度も目を擦った。
でも、それだけでは何一つ変わりはしなかった。

ここがリマイン戦争の最前線の一つだという事実に。

前に資料で見たことがある。砂漠の大地、降り注ぐ日光、そして進軍する数多のアンチデータ。危険度最上級のこの場所は元帥の許可なしには入る事すら禁止されている不可侵領域。立ち入れば、次に待ち受けるのは地獄への片道切符。
そんな狂乱の地のど真ん中に、一人の女性が居た。
立つことすらままならないその女性は、砂漠の砂に射した薙刀に重心をかけて周りに防御壁を張っていた。
だが、その壁がじきに消えることは一目瞭然。彼女を守り抜いた壁には徐々に罅が広がりはじめ、崩壊寸前まで来ていた。
俺に真似ができるかは分からない。あんな高濃度の魔術を俺が引き出せるかは知らない。でもやるしかないんだ。セシルと約束したじゃないか。
必ず、一緒に戻って来るって。

地面を思いっきり蹴って走り出す。
慣れない地形に何度も転びそうになったり躓きそうになったりするけれど、それでも俺はこの道に続く先へと行かなければならない。死と恐怖が交わるその目的地へと、俺は身を挺しなければならない。
独りぼっちの女神を助けるために。

「「「エリス!」」」

渾身の思いで俺は戦火の中、空へと叫ぶ。
考えるんだ、想像するんだ。あの時、エリスが俺を助けれた時の光を思い出すんだ。
透明で微かに光を反射する壁、魔術が生み出す異色のエフェクト、そして何もかもを受け付けない完璧な境界線。
境界線を踏み越える者は外殻を失い、境界線に触れる者の接触点を喰らう。
誰かを、全ての物から守るように。何かを、自分の背中で守るように。

「「「いけーッ!」」」

両手を伸ばす。その指先の先に守るべき者がいるから、俺はその場所へと手を伸ばす。
集中するべきはただ一点。その一点から広がるように壁を作ればいいだけの話。大丈夫だ、出来るんだ俺にだって。誰かを、守られてばっかではなく、守ることが出来るんだ。
だから、届いてくれ!

「【VOID女神が求めた答え】!!」

割れる音が俺の耳に届く。
彼女を守っていた防御壁が砕け散り、拒んでいた獣がその牙をむく。簡単に喰らいついては骨すらもかみ砕く咢が空から彼女の方角へと飛び立った。
だが、それと同時に
獣の悲鳴が空に鳴り響く。

「待たせた、エリス! 遅れて悪い」
「ったく、来るのが遅いって」

間に合った。間に合ったのだ。
術式は成功し、未完成ながらも彼女の魔術を複製し織りなしたんだ。触れる者を喰らい、内なる者を守る境界線が今、俺の前に展開されている。

「エリス、悪いんだけど出来ればその状態からこいつらを殺す方法ってあったりするか!? 流石に俺の力じゃこの術式は長くはもたないから」
「あぁ、防御を引き受けてくれるなら可能だ。直ぐに詠唱を始める」

そういってエリスは瞳を閉じて詠唱を始めた。詠唱が進めば進むほどエフェクトや魔法陣が大きくなり、やがて魔術術式は残った十数体の敵を囲むほどの大きさへと変わっていく。
アンチデータがどうにかして俺の張った防御壁の隙をつこうと必死になっている頃、彼らの知らぬうちに詠唱が終わり、エリスの攻撃魔術が起動した。
高熱を所持する砂漠の砂が蠢き始め、やがて全ての攻撃対象を定め終わると、砂漠は鋭い槍へと形を変えていく。幾つもの斬撃が敵を襲い、自分の死の境地すら気づかぬまま彼らは八つ裂きにされ魔術の錆となり果てた。
倒れ込み、表面の熱に焼かれるアンチデータの姿を確認した俺はやっとの思いで展開していた防御壁を解除し、その場に座り込む。
未だ完全に治療が終わっていないがため、そして無理な魔術を放出したために脳が痛みに耐えられず悲鳴を上げる。言葉を発することすらままならないこの状況下、俺はエリスが口にする声を聞くだけ。

「助かったよ、トオル。お前のお陰でほんと助かったよ」
「――お、たがい、さまだ。お前がいなけりゃ、おれは、死んでたよ、もう」
「無理に話そうとしなくていい。少し休憩しよう、私も流石に疲れたのでな」

エリスはそう言うものの、俺たちには今悠長に休んでいる暇なんて無いんだ。ファーストウェーブはクリアしても、当然の様にセカンドウェーブが来る。案の定、左手を側頭部にあてて視界を拡大してみると、約5キロメートル先に数えきれないほどのアンチデータがこちらに向かって進軍していうのが見える。
残された時間はあとわずか。俺たちはその数少ない時間でこの境地から生き延びなければならない。だがどうすればいい。たった一匹殺すだけでも精一杯の俺と、瀕死状態のエリスの二人で何が出来るというのだ。
考えろ、考えるんだ。何か方法があるはずだ。
というか、さっきも思ったけど、なんで俺なんだ。俺よりもっとこの状況に適応した兵士がいるだろうに。何で俺がここにいるんだよ。他の奴らの方がもっと……
――そうか、援軍!
瞬時に俺はサインフレームを開いて、俺と繋がれた全ての端末に連絡を掛ける。繋がっているのは第五魔術中隊の全隊員。そこにエリスも同じようにサインフレームを開いては繋がる人全てに連絡要請を掛けた。
ほぼ同時と言っていいほど、両方のサインフレームに幾つもの音声が重なって聴こえてきた。第五魔術中隊と第一魔術中隊の全隊員の声だ。

「全員聞いてくれ! 只今、第五魔術中隊のトオル・アダチ軍曹と第一魔術中隊のエリス・アイゼンフーヴァーが最前線の戦場に取り残された状態にいる! 危険なのは承知で頼んでいる! でも頼む、俺たちを助けてくれ!」

必死の思いで俺は腹から声を出して、今伝えるべき全てを彼らに伝達する。ちゃんと伝わるかは分からない。もしかしたら誰も来てくれないかもしれない。大勢を救うために、俺たちを見捨てるかもしれない。
でも、お願いだ。だれか、俺たちを助けてくれ!

「我は三次元に興味はない」
「俺は三次元に興味はない」

発せられた声を疑った。
確かに願ったけれども、確かに祈ったけれども、本当にこんな危険な場所へと躊躇なくリマインしてくるとは思いもしなかった。
閉じていた瞳を開いて、前を向くとそこには様々な色の数字と文字を身に纏いながら出現する二人の兵士の姿があった。一人は長身の肌黒の豪腕の持ち主で、もう一人はめがねを輝かせるアジア系。
当然二人の姿には見覚えがある。いつも合同練習のときになれば拳を握り殴りあう悪友でありながらも唯一の理解者であるこの二人、俺じゃなくとも第五中隊か第一中隊に所属しているのであれば一度見れば見間違えることは絶対にない二人。

「「だが、可愛いのであれば話は別だっ!」」

名を、ジャック・シャンクス。第五魔術中隊所属、一等兵。
名を、エリック・マーザ。第一魔術中隊所属、上等兵。

「久しぶりに意見が合うじゃねぇか」
「それはこちらの台詞だ、ロリコン野郎」
「まぁいい。今日は後ろの“萌え”に免じて殴るのはやめてやる」
「あぁ、この美しい女性の前で喧嘩をするなど、変体紳士の名が廃る」

予想もしていなかった人物に驚きすぎた俺は一瞬にして頭が真っ白になってしまった。
それでも、来てくれただけでもありがたい。俺だけじゃ何も出来ないから、誰かが来てくれるだけで十分頼もしいものなんだ。確かに二人じゃ力不足だけれども、共に戦ってくれる誰かがいるというだけでも安心なんだ。

「――ありがとうな、二人とも」
「何言ってるんだ、アダチ軍曹。俺たちの役目はまだ終わってねぇっての」
「アダチ軍曹、まだ他の兵士とは連絡が取れているだろうか?」
「あ、あぁ、まだ全員連絡出来てるが。どうする気だ」
「愚問ですね。我がやつらを説得するのですよ。少し貸してください」
「あ、あぁ。分かった、頼む」

宙に浮く二つのサインフレームを二人の方へと移動させ、彼らがそれを受け取ると同時に二人は声を発した。

「老若男女の兵士諸君! 我々は戦うためにここに住み、戦うためにここで生きている。なのに、諸君は何をしているのだ! 戦場で命を落とすのに躊躇し、他人が対処してくれるだろうと考え、怠惰に胡坐をかきベットで寝ているだけではないか!」
「この愚か者どもがッ! 貴様らが楽するために、貴様らが戦わずに済むために、今日この最前線で一人の少女が誰にも頼ることなく戦っているじゃねぇか。逃げる場所すらなく、ただ只管命が尽きるまで知力と暴力を振り回し、痛みに儚い涙を流す少女の姿があるじゃねぇか!」
「「てめぇらには彼女の涙ぐむ姿が見えないのか!? それとも、それを見てもなお体が動かないのか!? 我/俺は絶望したッ! こんなにも可愛い美少女が助けを求めているのにも関わらず、その場から動こうとしないとは――」」

肺に詰まっていた息を全て吐き出した二人は同時に息を大きく吸い込んで、最後の彼らの言葉をつながれた全ての兵士に心からの雄叫びを喰らわせる。

「「てめぇらそれでもリマイナーかーッ!」」

その放たれた言葉が奇跡を生む。
彼らの叫びに苛立ちと怒りが爆発した兵士全員の姿が一瞬にして数字とローマ文字を身に纏った状態で現れ始めた。
二人を除いて誰も来る気配がなかった砂漠には徐々に足跡と足音が増えていく。多くの足音が向かう先はたった一か所、その場にリマインした全ての兵士たちがやつらのプライドを嘲笑った二人の元へと全力で走ってきている。
同時に、全員口をそろえてこう言うのであった。

「「「お前らブッ殺すッ!」」」
「アダチ軍曹、ここまでくりゃ報酬なしでは困りますぜ」
「そうだアダチ軍曹。我らにも今回の行動に対する報酬が欲しいですね」
「な、なんだよ、その報酬って」

その質問そのものが愚問だったのか、二人はお互いを見て視線で何かを伝えたのか、一斉にドヤ顔で答えを提示してくる。

「「エリスさんにコスプレする許可を」」
「許可する、存分にやれ」

まぁそれよりも先にこいつらに殺されそうだけどな。
頑張って生き残れよ、二人とも。

「トオル。お前は人の、あずかり知らぬところで、何勝手に約束なんかしてるんだ」
「おぉ、起きたかエリス。見ろよ、この大群を。全員お前を助けるために駆けつけて来てくれたんだ」
「見れば分かるよ。私にだって、こんな状態でも瞼を開けば見える。でも、本当にそうだろうかね?」

何を言っているんだと疑問を持った俺はエリスの視線の先へと自分の目を重ねる。そこには、今現在俺たちの近くにいる兵士よりも数倍もの兵士たちが一人の兵士を先頭に俺たちのいる方角へと歩いて来ているのが見えた。時間が過ぎるにつれてリマインしてくる兵士は徐々に増えて行き、後方に現れるにつれてこの軍隊の大きさに気付く。
これがもし、味方ではなく敵だとしたら? グランツ中将の命令で俺たちを止めに来たのならば? 俺たちだけで、この大勢を相手に出来るのだろうか。

「あれは、ウォーカー中佐! 何でなんだ。中佐が何で俺たちの邪魔を……」

信じたくはない事実が正面から歩いてくる。ウォーカー中佐を先頭に迫ってくる軍隊が止まることは無く、ましては俺の心拍数が収まることはない。
真偽がハッキリしないからこそ、気をしっかり持たなければならないんだ。
味方なのか、敵なのか。出来れば敵には回したくないのだけれど、どうなるか分からない。

『――き、聴こえますか? アダチ軍曹! 聴こえますか!?』
「無事だったか、セシル! それはよかった。でも今は後にしてくれ。今忙しいん――」
『大丈夫です! 今そちらに向かったウォーカー中佐は――』

「全軍聴けぇぇぇッ!」

ぴたりと動きを止めた中佐を起点に背後の兵士たちが足を止める。全員がその足音を消すまで待ち、やがて沈黙が続くのを確認した中佐はもう一度口を開いて続きの言葉を兵士たちに告げた。

「我々は今、死の境地に立たされている! 戦って死ぬかも知れない、仲間の死を経験するかもしれない! 完全に未知の領域だ! だから私はここに宣言する。これは断じて命令ではないっ! ここから身を退いてもよいし、自らが進んでも構わない。その選択は自分たちで選べ。
だが、もしこの中にそこの兵士に、ここで独りで戦った英雄に助けられた事のある者は、ここでその恩義を償えッ!
全軍、前進せよ! 己のプライドの為に、己の仲間の為に武器を取ってやつらに血の証を刻め!」
「「「おおおぉーッ!」」」

武器を片手に持ち上げて雄叫びをあげる大勢の兵士たちの姿を見て、俺は驚きを隠せなかった。俺たちの周りにいる兵士たちもウォーカー中佐の言葉に響かされ、他の部隊の兵士たちと共に戦場へと走っていく。
その現状に俺は口を開いて眺めていることしか出来なかった。

「アダチ軍曹、ご無事でしたか!」
「ビクター兵長か。お前も……来てくれたのか」
「当然ですよ。僕たちの小隊は僕に任せてください。軍曹は少しここで休んでいてください」
「彼の言う通りだよ、アダチ軍曹。君たちはよく頑張ってくれた。もう休んでくれたまえ」
「ウォーカー中佐! で、でも……」
「不安なのかい? 今ここにいるのはキミが重傷を負った戦争で投与された兵の倍はいるぞ? 第一、第二魔術大隊に第一から第三までの重装歩兵大隊。さすがに私も各大隊隊長に頭を下ろしに行くので忙しかったよ。それに、グランツ中将を説得することにもね。そのおかげでセシルちゃんも無事だしね」
「あ、ありがとうございます! ウォーカー中佐!」
「気にしなくていいさ。ここにいる兵士は全て自らが志願した兵しかいない。彼らは望んでこの戦場に立っているんだ。君たちを守りたい者もいれば、ただ自分の名声を得るためにいる者もいる。通信に反応が遅れたことで来るのが遅れたものもいるだろう」
「確かに頼もしいのですが、ここは最前線ですよ?」
「おいおい、君たちの中隊のモットーだろ? 忘れないでよ、“眠りの第五魔術中隊”?」

そうだ、忘れてはならない。俺が最初に第五魔術部隊に配属された時にフロイド少佐から聞いたじゃないか。
――俺たちは絶対に仲間を死なせない。死にそうなら、重症を負って回避しろって。
俺たちの部隊の二つ名、“眠りの第五魔術部隊”ってのはそこから来ているんだ。誰も死なない、誰も死なせない。ただ平和に毎日を眠れるように。眠りから覚めて、次の朝を迎えられるように。そんな誓いを背負って、俺たち第五魔術部隊は戦場に立っているんだ。
だったら、最低限その部隊に所属している者としては信じるべきなんだろう。全員が生き残れるとは思っていなくとも、最低限の命でこの現状から逃れられると信じるべきなんだ。
なら信じてみようじゃないか。役立たずは役立たずらしく、後ろで両手を合わせて祈って居ようじゃないか。

「エリスちゃんレベルのリマイナーも、何人か既にあちらへ切り込んでるようだよ」
「えぇ……エリスレベルのリマイナーってそんなにいたんですか……」
「私よりも強いリマイナーだっているだろうさ」
「はっはっは、安心できたかい?」
「わ、分かりました。健闘を祈ります、ウォーカー中佐」
「任された。二人は安静にして待っていてくれ」
「了解です!」

ウォーカー中佐もやがて俺たちから離れて前線へと向かう。
戦場の一番後ろに取り残された俺とエリスは、熱い砂を背に寝ころび戦場の空を見上げる。雄叫びと轟音が響き渡る空の元、俺は目を閉じて少し考えてみる。
――どうすればこのぎこちない状況から逃げられるんだ!?
というのは半分冗談で、ただどう話を切り出すかに困っているだけなんだけど。

「――俺さ、昔の友達で現実の方で戦闘員してるやつがいるんだよ」

悩んでいたのがバカみたいに思えるほど、俺は知らぬうちに話を切り出していた。さっきまで俺は何で悩んでいたんだよ、本当に。

「中学はずっと一緒でさ、高校は一年しか一緒に居られなかったんだけど。軍隊に配属されちゃって、残りの二年は完全にボッチだったよ」
「唐突にどうした?」
「いやな、どのみち俺たち何も出来ないからさ、この際にでも俺の話をしておこうかなと思って。気軽に聴いていてくれよ」
「分かったよ。ラジオ感覚で聞かせてもらう。今、少し意識が朦朧としているんだ。無理しすぎたのかもしれない」
「了解っ」

過去の、今から六年前の日々を思い出す。遡るにつれて懐かしさが脳を横切る。そういえばあんなことがあったなと思いだし笑いしたり、あぁあんなバカなこともしたなと後悔したりと、感情豊かに過去の事を想いだす。

「アイツはさ、冗談も言ったりするけど何事にも真剣に取り込むヤツだったんだよ。自分の正義を貫いて、自分の正しさだけで行動出来て、自分が決めたことには躊躇せずに行える、俺からすれば最も理想的な人物だったんだ。今じゃすげーASHAdvanced Suit Heroなんだ。なんどもアイツにあこがれて、アイツのようになれたらなと願った」

俺が出来ないことを平然とやってのけ、周囲の評価や視線を気にすることなく行動出来る所に俺は憧れた。そして、その感情と共に俺はあいつに嫉妬していたんだ。
なんで、アイツだけなんだって。アイツだけこんないい人間として生まれてきたのかって。
でも――

「嫉妬しても憧れても状況は何一つ変わりはしなかった。当然だよな、俺は俺でアイツはアイツなんだから。それに気づいてから、俺はアイツに嫉妬することをやめたんだ。
その代わりに、アイツのような人間になってみようと思った。少しでも近づけられるように、少しでも自分を好きになれるように。
――今の俺は、あの時に憧れていたアイツの様になれたんだろうか?」
「さぁな。だけど一つ言えるとすれば、お前はもう十分誰かに憧れても可笑しくはないヤツってことだ。少しは自分を誇ってもいいんじゃないか? ほら、こうやって誰よりも早く私を助けに来てくれたんだし」
「そ、そういってもらえるのは嬉しいけど、照れるな」
「本当に、お前は面白いやつだよ。そういえば、私にも似たような知り合いがいるんだ。外でASHとして世界を救ってるやつがいるんだよ。そいつも真面目なやつでさ、仕事中に話しかけるだけでも怒るんだ。あ、でも冗談も言ったりするんだよ。本当に自分勝手というかなんというか……」

本当に俺の知っているアイツと似てるな。
――まさか、な。

「まぁ、この話はこれで終わりだ。俺が勝手に話して勝手に照れくさくなってるだけだけど、もういいわ」
「お前も十分自分勝手なんだな。やっぱりお前は面白い」

その後も俺たちは戦争の終止符が打たれるまで味方の救援をしながら適当に話をしていた。全員が武器を持って戦っているというのにも関わらず、後衛で治療プログラムを起動させては少し時間が空くとまた口を開くというかなり場違いな雰囲気だけれど。
過去を語ったり、未来の予想について話しあったり、後悔について話しあったり、楽しい話について話しあったり、その他話せる限りの全てを俺はエリスに話した。
今日の戦いの幕が閉じるまで。

『ゼンブタイ、ログアウトジュンビ』

機械の合成音が耳に響く。オペレーターたちによって設置された自動ログアウトプログラムが起動し、俺たちは早くもこの戦場から離脱出来ることになった。
もう概ねの兵士はログアウトプロセスが開始し足元から文字と数字に変わっていく。精神が元の肉体へと徐々に帰還していくのを感じながら、俺はエリスの隣で未だに寝転がっていた。

「――私はな、軍に配属される前は、先生になりたかったんだ。高校生の先生になってな、これから社会で暮らしていく若いやつらの手助けをしたかったんだ。一番つらい時期に、一番悩ましい時期に、彼らのそばに寄り添って助けてあげたかったんだ」
「いい夢じゃねぇか。俺なんてただアイツに嫉妬してヤケクソになってここに来たのに。お前はちゃんと他人の為に考えてたんだから、立派だよエリスは」
「私が、立派……か。もし、私が戦場に連れてこられずに普通の生活を送っていたら、どうなっていただろうな」
「ハッキリ言えるのは、今の俺はここにはいないってことだな。お前が居なければ、俺はもうあの場所で息絶えていたからな」
「っは、違いない」

戦闘開始から6時間、やっとの思いで終わった戦争は結論からすれば大成功である。最前線は数十キロメートル先まで移動し、多くのアンチデータを葬ってやった。それだけではなく、死者も負傷者も出たけれど、今回の戦闘に比べればかなり低いほうらしい。
俺たちに残された仕事はちゃんと帰還するという実に簡単なミッションだけだ。ただ体力の余っている者、要は上級リマイナーだけは残ることになった。他の隊員がアンチデータにログアウト中止をされないようにサポートをするためだ。エリスは負傷していることもあり、ログアウトに回される、はずだった。

「なぁ知ってるか? 扇子って元は仰ぐための物じゃないんだぜ」
「知ってるよ。メモ帳として使われてたんでしょ?」

目蓋を閉じてその裏に映る自らの空を眺めるエリスの傍らで、俺は朦朧としたエリスの意識を保つべく言葉を吐き続ける。

「なぁ知ってるか? えーと、昔は手に持てないくらいくそでかい携帯端末を連絡代わりに使ってたんだぜ」
「それも知ってるよ。って昔って言っても何十数年前のことだけどね」

だが当然、俺の知識ではエリスの意識を繋ぎ止めるには弱く、掠れていく彼女の燈りを俺はただ隣に座って見守るだけ。

「なぁ知ってるか?」
「だから知ってるって――っ!」

知ってる、か。
確かに、お前は俺よりも頭が良くて知識がある。お前は本当に凄いよ。俺なんかより何倍も、凄いよ。
でもお前にも知らないものはあるんだ。お前だから知らないこと、そして俺だから知っていること。お前に助けられて、お前に命を救われた俺だから知っていることがあるんだ。救世主は知らないさ、助けられた者の心情なんて。助ける側の人は知らないさ、救われた者の名前など。
それと全く同じだ。まるで救うのが当たり前、誰かを助けるのが当然のように行えるからこそ、答えを導き出せないのだ。それを当たり前と、自分の義務と捉えているからこそ、その裏に隠れた真偽が見えないんだ。
だったら俺が教えてやる。お前が俺を助けてくれたように、俺がお前を助けてやる。お前が俺に生きることを与えてくれたように、今度は俺がお前に生きる意味を与える。

「お前が求めていた答えを、俺は見つけたんだ」

単純なことだ。とても単純で、それ故に見逃してしまう。見えるのに、それが普通だと言って聞き流す。そこに答えが隠れているとも知らずに通り過ぎては、遥か遠くにあると推測してその場所へと向かう。
走って転んで立ち上がってまた走る、そんな姿を俺は後ろでずっと見てきた。いつか、振り返って答えを持つ俺の方へと来ることを待っていた。でも、彼女は振り向きはしない。何がなんでも前だけを向いて走り続けるんだ。妨害されても障害があっても全て薙ぎ払って、伸ばした指先に灯る答えを求める。
見ていられるわけがない。必死になって、汗と涙と血を流しても止まらない彼女の姿を見ていられるわけがないじゃないか。だったら、俺がするしかないだろう。答えを見つけて、答えを与えられる俺がやるしかないだろ。
彼女のいる場所まで追いつき、彼女の前に立ち、彼女の求めた答えを提示するしかないだろう。

「見つけたって、どういうことだ?」
「お前は自分の人生とは何なのかと疑問を持っていた。命令どおりにしか動かない、自分では何も選べない人生にどんな意味があるのかと」
「そうだよ、私はずっとそれを求めてきた。もしかしたら、戦い続けたらわかるかも知れないと思って今まで戦って来たんだ。この戦争の先にあるかもしれない答えが為に」
「そうさ。お前はこの戦場で何度も戦い、何度も傷つき、何度も悔やんだはずだ。お前がもう既に答えを見つけていることも忘れてさ」
「――私が答えを、見つけたって?」
「あぁ、そうだ。お前はもう答えを見つけている。エリスはさ、戦場で助けた奴らのこと覚えているか? 最初に助けた兵士から最後に助けた奴らまで。
覚えているわけないよな。だって、誰かを助けるという事自体がお前にとっての当たり前だもんな」
「……何がいいたいんだ、トオル。お前が見つけた答えって何なんだ!?」

知りたいなら教えてやる。
求めるなら伝えてやる。
欲しいのならくれてやる。
だからちゃんと受け取れよ。お前はこの答えを受け入れて、信じ続ける義務がある。最後まで、お前が死ぬまで繋ぎ止めておく義務があるんだ。

「お前は、俺を助けてくれたんだ。お前が、お前の生き様が俺に命を与えてくれたんだ。俺だけじゃない。お前が戦い続けた結果、お前が戦場を走り回った結果、お前は大勢の命を救ってきたんだ。戦場で行き倒れになった兵士、アンチデータによって被害を負うはずだった人々、見ず知らずの大勢の命をお前は一人で背負ってきたんだ。誰でもない、自らが選んでその荷物を背負ったんだ。
お前が、お前という存在が、俺みたいな一人では道すら歩いて行けない奴らに手を差し伸べて立ち上がらせてくれたんだ。停滞する奴らを、後ずさりする奴らを、後ろを振り向く奴らを、お前の命が導いてきたんだ。
お前の人生は、俺達の燈火なんだよ。お前の照らした灯りが、俺達の道標なんだ」

お前のお陰で俺が今ここにいる。お前が居てくれたから俺が今ここで生きて居られる。お前が俺にとっての理由なんだ。俺は、お前がいるからこそ存在するんだ。
だからさ――

「――死ぬなよ、エリス」
「……私は、死なないよ。そんな簡単にやられると思うか? この私が」
「じゃぁ、何で――」

エリスは確かに強いし、誰かにやられるとも思ってはいない。もしそんなやつが現れたりでもすれば電子世界はたくさん占領されているに違いない。
だったらなぜ、なぜお前は

「ログアウトプロセスが開始してないんだよ……」
「さぁ、何かのエラーじゃないか?」
「なんなんだよ。何なんだよ畜生ッ! オペレーターに連絡! セシル、聴こえるか!? セシル! 畜生、なんで出ないんだよッ!」
「落ち着けって、トオル。セシルだって今日の作戦で忙しいんだって。出れなくて当然だ」
「じゃぁお前はどうするんだよ!」
「直ぐに復旧するでしょ。テクニカルチームが多分どうにかしてくれるから、安心しなって。他の上級リマイナーもいることだしな」
「でも……」
「ったく、トオルが臆病なのかそうじゃないのか分からないなぁ」

いきなりエリスが身を起こして、俺の頭に手をのせる。女性の手だというのに、手はもう豆だらけでかなり男らしい。男としてのプライドが少し削られながらも、その手に安心感を抱いてしまう。
昔はこうやってお袋に頭をなでてもらったっけな。学校でいじめられて帰ってきた時も、好きな子に告白して振られた時も、家に帰ったらお袋がよく頭をなでて落ち着かせてくれたな。

「折角トオルに理由を教えてもらったんだ。折角見つけられたんだ。だったらまだ死ぬわけにはいかないよ。誰かを助けるために私の命があるのなら、私は喜んで戦場に向かう。だから、先に行って待っていてくれ。必ず、私もそっちに向かうから」
「でも、だけどッ!」
「駄々をこねるな、アダチ軍曹ッ! これは命令だ!……大丈夫だよ、トオル。また、会えるからさ」

大声をあげながら眉間にしわを寄せたエリスだが、その表情は彼女が言葉を吐くにつれて緩んでは安らかな笑みへと変わる。だが、今ではもうエリスの浮かべる笑みすら不安に思ってしまう。色鮮やかな文字と数字で覆われた両手を、何も出来ない自分への怒りをのせて強く前に伸ばす。
体の部位が色文字に混ざって消えてゆく中、俺は必死に伸ばした手でエリスを助けようとする。もう体の半分以上が消えかけているせいで、ここから動くことも出来ず俺はひたすら届かない光へと指先を向ける。
この言葉を伝えるために。
この約束を届けるために。
この気持ちを綴るために。
だからさ、エリス――

「――俺は、まだ“ありがとう”って言ってないからな! だから、必ず礼を聞きに戻ってこいよ、エリス!」

ちゃんと、この戦場で待ってるから。

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