【ジャンクデータ】ヤミィー・アルカディア

イラスト作者様
リンクイラストは岩葉さんに描いていただきました! Checkゲスト/メンバー絵師イラスト紹介

ローターの起こす雷鳴にともなって飛行隊が空色をかき混ぜながら飛来した。機首に装備された機関銃が熱源を求めて雁首をめぐり回し、側面機銃についたガンナーたちは照準装置を見ながら森林をくまなく眺め回していた。

4機のヘリが箱詰めされたビンのようにぴったりと重なり合ってスキッドは地表と擦り合わされんばかりに空と地の間を射抜いていた。その速度と腹をこすらんばかりの超低空飛行は不格好ながらも最も計算され尽くした飛行だった。例え森のどこに敵の伏兵が潜んでいたとしても、こう飛べば肉眼で見づらいくすんだ灰色が視界の隅をかすめていくのが見えるだけである。

前方に目的地があった。今回の襲撃に備えて作られた開豁地だ。ヘリコプター4機体は編隊をとくと、すぐさま一番機がその機首をおろし、ふわりとU字を描いて着地した。あとの三機は楕円軌道の待機パターンで開豁地の周りをめぐり攻撃に弱い状態にある僚機を用心深く援護した。一番機はそのまま接地はせずに最低高度にてホバリングをしてローターの風でなぎ倒された草のすぐ上にて地上効果でふわりふわりと浮かんでいた。ややあって機内からなにかが飛び出した。彼らは地面に着地するとガンマスターから装備を受取り瞬く間に兵士へとその姿をかえた。顔、軍装、すべてにグリーンを基調とした特殊カムフラージュが施されている。タービンの回転数があがり空に向けて上昇していき次のヘリのために場所を開けた。ライフルが差し出される。タカノはそれをクルーチーフから受取り貨物室の金具をあしがかりにして飛び降りた。ローターのけたたましい回転音の中で機付長が機長に向けて怒鳴りつけるのがかすかに聞こえた。

「上昇!上昇!」

荒波に飲まれた小舟よろしくヘリコプターが縦に揺れて頭を下げ降着点から離陸した。

「これで全員だな」

目の前の部隊全員の顔ぶれを見渡す。今回のゲリラ殲滅作戦にあたって国中からかき集められた戦闘のエキスパートたちだ。

「作戦の内容はデブリーフィングで聞いていると思う」

「ゴキブリどもをぶっつぶすんでしょ?隊長。だったら雑誌でいいじゃないですか」

だれかが叩いた軽口に隊員が笑いを上げた。

「確かに敵はたかだかゲリラにすぎない。しかし、俺らが駆り出されるってことはなにかしらの事情があるってことだ。油断するな」

そう釘はさしたが自分のなかでも疑念の炎がくすぶっていることを打ち消すことができない。たかだか一個大隊規模にも満たないゲリラをこの国でも最精鋭の義体化師団に当たらせるのはどう考えてもオーバーキルのように思える。しかし、任務は任務だ。遂行するほかに道はない。

「部隊。攻撃開始。以後無線はこの回線に限る。動くものがいたらなんでも吹っ飛ばせ。」

その瞬間空気がびりりと振動した。先程までのおちゃらけた雰囲気はどこぞへと吹きさり森林地帯の一角に暗い闇がぽっかりと姿を表す。言葉はもはや不要だった。部隊はタカノの短い指令の元、敵基地へと向けて進撃を開始した。

 

 

ミチノ大尉は先任主任という肩書を欲しがるがゆえに失敗した典型的な脱落組士官の一人だった。ゲリラと言えどその実体は高度に組織化された戦闘集団にすぎない。一昔前の爆弾を身体にまいて突撃する時代はもうカビが生えて、昔々からはじまるおとぎ話の中にしか息をしていない。そして組織化された集団なら、人が大勢集まったなら、そこに競争や格差というものも生まれる。彼は闘争心が強く人一倍出世欲というのにまみれていたのだが、それがこの前線基地への赴任という形なった。前線にでさえすれば武功を上げ上級ポジションにはつけるだろうという短絡的な思考にもとづいて。しかし結果はこの軍事基地の防衛と、兵站の管理というごくごく単純なルーチンワークを押し付けられただけだった。

「退屈すぎんだろう」

ふわぁと彼はあくびを噛み殺した。

「あーあ。敵の大群がせめてこないかなぁ」

隠しておいたビールを喉の奥におとしこむ。ぬるいアルコールが空腹の胃袋をなでるとより一層惨めさがます気がした。

「ん?」

その時だった。

見間違いかもしれないが。視界の隅に黒いものがふとよぎったような気がした。

ミチノ大尉はすこし考えて備え付けてある本部直通の無線機に手を伸ばした。演習の時間(キリング・タイム)を宣言し、茂みに向けて一斉掃射を実行しようとしたのだ。ところが、受話器をとるよりもほんの少し早く闇から間の抜けた、コルクを抜いたような音がした。彼は知る由もなかったが、迫撃砲による精密な射撃がまずは変電所のトランスを破壊した。電気がショートしてアークや火花が散ったと思うと、敷地内は闇に飲まれた。義体兵はすかさず次のターゲットへと座標を切り替えた。迫撃弾が次々と降り注いで鮮やかなオレンジで染め上げた。森の脇では携行無反動砲が吠えオレンジ色の発射炎にビロウジュのシルエットが浮き上がった。細長い支柱の上に立つ監視塔が次々と破壊されていった。ミチノ大尉は遥か上空に吹き飛ばされながら黒いものの正体は日本国防軍だということにようやく気がついた。

 

分隊長の軍曹に指示を下す必要はなかった。軍曹はリップマイクに指示をささやき、側面の兵士を呼び寄せると、戦隊を小規模な戦闘配置へと変換した。四人編成の三個火器チームのうちの一個が離脱し、迫撃砲及び対戦車砲などの再配置の難しい装備とともに退路を常に守っている。2個小隊は機関銃陣地へと近づいていった。コンピュータのディスプレイとVRのキラーハウスで急襲隊は何度もシュミレートしていた。

身体を低くする。整備された歩道にはでるな。遮蔽物を使え。背中を丸めて、出来る限り視認されづらいコースを駆け抜ける。

辺りの様子を見ろ。敵兵の姿を。上空に不自然に作られた茂みを。天然のものであったとしてもその中に潜む狙撃兵の姿を。自然界にない直線、銃身を。

下を見ろ、前の地面をそっと指でなぞれ。ブービートラップか地面に仕掛けた照明弾の細いトリップワイヤーか地雷の突起が微かに感じられないか。

決してデジタルにたよるな。本能を研ぎ澄ませろ。身体の全身脈を打たせ、身体の五感で感じ取れ。

すでに監視所は潰し、装甲化された機関銃陣地への対戦車砲の設置も完了している。

「チーム。やるぞ」

さっぱりとした返答があった。タカノはライフルの銃床をしっかりと肩にくいこませた。しっかりとチームの動きを思い描く。

先行するひとりが前にかがんていた兵士のアーミージャケットから筒をつかむ。二度頷くと小気味のよいピーンという音がして跳ね上げられた最終レバーが茂みにおちた。投擲する兵士が腕を振りかぶる。教科書に乗せられるぐらいにきれいな放物線を描いたそれは地球に引かれて落ちてくる。

白光が二度ひらき、爆発も二度にわたって地を震わせた。

その途端にすべてが凍った。基地内のゲリラたちは突然の音に組織だった行動を取れなかった。

「おまえら動くな!俺らは日本国防軍だ。お前に狙いを付けている」

一人も動かなかった。監視台が燃え落ちて崩れた。火灯りの輪のなかのものはすべて、人間を麻痺させる光線をもっているようだった。タカノがもう一度叫ぼうとしたそのときに、戦闘の手当が全くされていない重要な右翼から重機関銃が義兵隊に降り注いだ。

重い14.5mmがタカノのもたれていた木に突き刺さり、その衝撃でそれまで狙いを付けていた男への照準がずれた。ゲリラは暗闇のなかわずかなオレンジが照らす方向に当てずっぽうで打ちまくっていた。炎の鞭のような曳光弾の流れが、義体兵の上を通り過ぎて、引き裂かれた木々や幹の木っ端が降り注いだ。全員がとっさに伏せ硬い地面を食むようにした。

ー畜生!!

あれは機銃をつんだバギーだ。その高機動性能と神出鬼没さから国防軍でも『肉製造機(ミートチョッパー)』とよばれ恐れられる車両に違いはなかった。不意打ちをくらったのも当然だ。偵察隊の情報に無い。あいつらはいつだって情報に漏れがある。舌打ちを一つ。

野営地ではゲリラが武器をひっつかんでアチラコチラに散らばっていた。訓練された部下は一発たりとも打ち返さなかった。それをいいことに敵は撃ちまくってきた。大口径のライフルのゆっくりした重い着弾の音にまもなく、デットコピーのARの耳障りなブルルという銃声が加わった。これで今日は残業が確定した。リップマイクに叫ぶ

「部隊。応射」

敵の敵ライフルの7.62ミリ弾に応じて味方から5.56ミリNATO弾の耳をつんざく発砲音が続いた。そして無線機のタッチパッドに触れた。

「応射!」

『お』の時点で砲弾は放たれていた。やるべきことはわかっていたからだ。機関銃陣地が爆散し、弾薬に火がまわり派手な花火が上がった。赤い雷光と轟いた爆音にさしもの敵も戦意をくじかれたか、はたまた注意をそらしたか射撃の手が緩まるのが目にみえて分かった。タカノは身を踊りだすと弾帯を左腕に巻きつけ、すこしでもぶらさないようにした。バギーは確かに効果的だがその機動性を保つため搭乗員の守りは薄い。それこそ国防軍標準装備のライフルで装甲を貫通し敵を射抜いてしまえる程度に。トリガーが引かれ、ファイアリングが雷管を突き破った。一気に燃え上がった火薬は化学反応へとすがたを変えた。音速を超えた力をさずけて、高速物体となった弾道はライフリングに引っかかって回転運動を手に入れる。血しぶきが上がる。古代の槍のように錐揉みをしながら敵の身体奥深くへともぐりこんだ弾丸は超音速の高周波を引き連れてきて、その波は腹部を貫通するときに激しく内臓をかき乱し体外へと飛び散らした。

「やった」

敵を一人かたしたところで湧き出てくるゲリラの数はまだ一割も減ってない。

しかし、各個撃破していく心配はなさそうだった。

「砲撃開始」

すぐに迫撃砲による支援射撃が始まった。天から弧を描いて飛来してくる天の恵みが、敵にとっては死の運び屋が敵の遮蔽物を破砕していった。誘導路に打ち込まれた。破片が打ち込まれた。それが炸裂するさまを観察していると大きな穴が穿たれるのではなく小さなくぼみが路面に残るだけと知って意外に感じた。が、すぐに大きな穴をうがつ爆撃は意味が無いと気づいた。あの種の爆弾はぎざぎざの金属片が体内に食い込ませることを意図して作られているのだ。すこしでも被害を防ごうと地面に穴を掘ろうとするものたちには、最新鋭の黄燐弾が降り注いだ。派手な爆発こそしないものの弾頭にしこまれた燃料による科学燃焼は骨を溶かし地上を赤に染め上げる。運悪く直撃した兵士は悲鳴すらあげられず、もとの形すら保てぬまま骸に成り下がってその場に崩れ落ちる。気がつくと闇はすでに払われて無数の光クラゲの照明弾が浮遊していた。それがほとほと少しずつ落ちてくるさまは実に美しかった。その光クラゲの群れに向かって地上からは赤い火の粉が渦を巻いては立ち上っていた。その錦を綴ったような青と黒と赤に、それを縫って小銃の金糸銀糸のすすき、曳光弾が交錯している。だが、敵からとんでくるものは押されるようにして少なくなっていた。

すでに敵は壊滅の兆しをみせていた。

こちらにとっては運のいいことに最初の砲撃で敵の司令官を葬ることができたらしく頑強な反撃や、狡猾な一撃が加わることも無くもはや実弾演習といっていいほどに手応えすらも感じられない。ひとまとまりが無いということは丁寧に撃破していけばそれだけでよかった。敵の施設はすでに友軍のヘリが爆撃済で器械部隊の出番もなく、そのことを知ってか知らずか敵は前線を構築することがまるでできずにそのまま押されるようにして森へと後退していっていた。

 

最後の一発をくわえ込んだ薬室が排莢をしてスライドを閉じた。金色の薬莢が地面にあたって、それで終わった。狂気の十分間は終わりを告げ、耳が痛くなるほどの静寂が訪れた。戦闘はこちらの勝利だ。戦闘というよりは一方的な虐殺だったが。

ライフルを弾帯にぶら下げたまま痒くもない首筋を掻いた。どうにも義体化してからずっとこの調子だ。戦闘したあとなんとも言えない苦い気持ちがこみ上げる。この気持は子供の頃にアリの巣に水をかけたときとまったく同じだ。あまりに自分自身が圧倒的すぎて、狩られている側に情が湧いてしまい残忍な戦闘機械になりきることが出来ない。

「隊長。追撃しますか?」

「いや。構わん。どのみち森に食料なし、水なしだ。長くはもたん」

どうせ、能力もち(ネームド)が倒すしな。という言葉は省略した。

「了解しました」

「それよりも重要なのはこの基地にいるネームドの排除だ」

「士官レベルですか?」

「だろうな。前線を任されてるくらいだ」

あれだけ爆弾が降り注いだなら一発が直撃し死んでしまったかもしれない。とにもかくにも全体戦況の把握をする必要がある。タッチパネルにふれて中継基地へと無線をつなぐ。

「本部。こちらタカノ。敵前線基地を無力化、指示を乞う」

帰ってきたのは無線のジャムを示す耳障りな細切れ音。接触不良を疑い、もう一度かけ直す。

「本部。聞こえん。どうぞ」

聞こえない、荒い、わけがわからない、と泣き言を漏らしたが本部の答えは沈黙だ。

「どうします隊長」

「すごく嫌な予感がする、部隊を再結集して立て直すぞ。後方に振っていた人員を…」

言葉尻を切った。ライフルを構える。

長い、長い、悲鳴が聞こえた。軍曹の低いバスがすごみをもって鼓膜を揺らす。

「隊長。ミヨシです。ゲリラのKIA確認中に殺られました」

「戦死か?」

「はい。身体を真っ二つにされてます」

「真っ二つ……」

言葉を口の中で反復させる。どうやら、自分のしっている言葉とまったくの齟齬がないようだ。

「いいか。絶対に離れるな。ネームドは間違いなくこの近くにいる」

今まで潜んでいた林から踏み出す。敷地内に踏み入れた瞬間目から、鼻から、踏みこんだ靴底の裏から戦闘の凄まじさが分かった。飛び散ったガラス片がじゃらじゃらと音を立てる。その音ですらやたらに響くほどにこの静けさは重たいものだった。

「静かすぎる」

そうだ。嫌な予感っていうのは静かすぎることだ。当たり前のことだがいまさら気がついた。耳をすませて左右を見渡す。普通戦場には死んでも死にきれなかった人間たちのうめき声が蔓延する。助けを求める声、家族を求める声、殺してくれと懇願する声、程度の差はあれ人間は激しい痛みが訪れた時に声をださないわけにはいかない。

そして廃墟に足を踏み入れていくにつれてもっと恐ろしいことに気がついた。

死体が一体もない。今まで打ち倒してきた敵全員がまるで靄か霞を吹きちらしていたかのように忽然と姿を消してしまっている。太ももの内側を羽毛でなであげられたような悪寒が走る。この前線基地は、まともではない。PADのタッチパネルに触れる。

「軍曹。死体が見当たらない」

応答がない。

「軍曹。悪い冗談はよせ」

ダメだ。

「おい。カヤノ」

側近をカバーしている部下を呼び寄せる。

「なんです」

「俺の無線がイカれてる。そっちの無線で本部に連絡をとってくれ」

「諒解」

彼の表情が曇るのが分かった。

「どうした」

「通じません」

「なんだと」

「おい、全員無線をチェックしろ」

すると驚くべきことが分かった。無線が全員故障し使い物にならなくなっていたのである。全員一度に故障などありえないからなんらかの電子機器攻撃を受けていると考えるのが筋だ。しかしどうやって、一体どこから。嫌な予感がついに現実となって目の前に突きつけられつつあった。

「おい!止まれ!」

部下が怒声を張り上げた。ライフルを上げ、突然現れた人影に照星をあわせる。

何度も訓練された行動が脊髄から出た。銃口が睨む先に居たのは一人の少女だった。

「そんなに、がつがつしないでいいよ」

気味の悪い少女だ。不気味さを感じるのは彼女の容姿が何処からどう見ても極上の美少女と言って良い、まるで愛玩用に作られた人形のように感じられるからだ。

童顔だが、瞳が大きく、それでいて瞼が半開きの不機嫌そうな表情をしている。ドレスのスカートを引き絞った、腰の高さが明らかに常人とは一線を画している。タカノの方が背は高いのに、脚の長さでは明らかに負けている。肌をみせないような格好だが、それだけに顔、そして腕の陶磁の様な白い肌が引き立って見えた。

そして彼女の印象を決定づけるのは彼女を包んでいる衣服だ。ゴシックを基調にした丈の短いフリルのドレス、それに添えられているのは十字架や髑髏など死を連想させるものばかり。そしてガスマスク。タカノはまったく同じものをみたことがあった。あれは電子世界ができた副産物によって開発された傑作であり、理論上この世に防げない毒素はないとまでいわしめたものだ。

ー神経ガスは使えんか

ネームドへの対抗手段が一つ減る、それは死に直結しかねない問題だった。

「貴官は能力持ち(ネームド)だな?日本国政府から出頭命令がでている。拒否する場合は日本国法規から外れることになる」

銃を捨てなければ殺す。というのをオブラートに包んで言った。彼女の返答は簡素なものだった。

「いきなり僕の寝込みを襲っておいてなにをいまさら」

鼻をならした。彼女は4の銃口に見つめられているというのにまるで怯えている様子がない。デスクワークよりも前線を好むネームドにあうのは久方ぶりのことだった。血が騒ぐ。

「まぁでも、さっきのやつよりはましかぁ。いきなり僕の顔をみるなりきりつけてきやがった」

そういうと後ろ手に組んでいた腕を解き、なにかを投げた。

「っつ!」

軍曹の死体だった。今度は静止する暇もなかった。激高した部下たちが発砲し、雷鳴と土煙が上がる。ネームドはひらりと身を交わすと機関銃陣地跡に身を滑らした。緑の射線が獲物をもとめてその食指を伸ばす。攻撃の手はやまない。空薬莢と絶叫とで奇妙なタンゴが完成していた。壁が砕け散り、折れた鉄骨が半分になり、加熱した銃身が耐えきれず融解してしまうほどに赤くなったのを確認してようやく全員射撃をやめた。

「なにをそんなに怒ってるの?」

彼女の声が響く。殺気立った部下がサイドアームを抜き放ち盲にうつもあたらない。

「ふざけるな!仲間をやりやがって」

「あぁそんなことで」

そんなことだと!と怒鳴りかけた声を飲み込む。彼女が死体の直ぐ側に降り立った。

「死は重たい事実だけど動かせないほどじゃないよ」

そういうと彼女は文字通り”手当”した。すると驚くべきことが起きた。手をあてがわれた側からただの2つの肉塊に過ぎなかったそれらが、混ざり合い、溶け合い、みるみるうちに人としての形を取り戻しつつあった。彼女が掌を離す。

「ほら、治った」

こちらをぐるりと見回す。

「僕の名前はヤミィー。これでも軍医だよ」

軍曹の身体に負傷の痕はもはや見られなかった、血も、断ち切られた肉の腐臭も、飛び出した腸が風に揺られてなびく旗のようになっていることもなかった。見慣れた顔が全身が確かに生の鼓動を感じさせるほどに強く強く脈動を刻む。

……違う!

軍曹はふらりとたちあがる。その足取りはおぼつかず、下手なたたらをその場で踏み続けなんとか姿勢をとっているような有様だった。しかしそれはさして重要でもない。重要なのはヘルメットの下に覗く虚ろなふたつの目だ、その眼は実像を結ぶことのない闇夜のそとにむけてぼぅと向けられていた。

「軍曹?」

問いかけは空虚に木霊する。

「感動の体面だよ?もっと嬉しそうにしたら?」

「軍曹……。おい。ハヤシ!」

本名を叫ぶ。その瞬間、軍曹が拳を振り上げ踊り狂った。焼け火箸にふれたようにとびのく。全体重を乗せた一撃は地を揺らし空気を嘶かせた。明確に殺意のこもった一撃だった。

「ハヤシ!よせ!」

返答は蹴りだった。切り裂かれた空気が頬を打つ。軌道をそらすためにくりだした左手から、情報として処理された痛覚が脳に伝えられる。義体化された身体は痛みを感じることはない、しかし情報として伝えれたそれはフレームを歪ませるほどに耐え難いものだった。もはや論理はいらなかった、身体が、脊髄が、本能が彼を拒絶しきっていますぐに排除しろと早鐘を打った。

「あーあ喧嘩しちゃったね」

ヤミィーはケセラセラと笑う。

「目を覚ませ!」

小銃を構え、照星をハヤシの胴体に合わせる。祈るような気持ちで絞り出した言葉は彼を震わせることは無い。猛然と迫りくるハヤシを、タカノは何千何万と繰り返した身体が覚えた動作で遮った。引き金を絞り落とす。シアが外れて飛び出した雷針が作動する音が、銃声よりも遥かによく聞こえた。スローモーション。放たれた弾丸12発はすべてハヤシに命中、鉛玉は自由気ままに強化外骨格の中を飛び回り中身を吹きちらして明後日の方角へととびだした。ミキシングされた内臓器官からなる泥濘は体内にとどまることが出来ず臀部から激しく吹き出す。そこまできてようやく音速を超えた6gをうけた身体は見えない壁に頭を打ち付けたようにふんぞり返って地面に崩れ落ちた。

「クソ」

いままで惨憺たる状況はいくらでも乗り越えてきたがブルーオンブルーなどという経験ははじめてだった。軍曹の身体に自分自身の手で刻み込んだ傷跡は確実に命の灯火を吹き消している。

はずなのに。

軍曹は再び立ち上がった。ねじれた足が、空白となってしまった腹部がぽっかりと穴をあけてそこからちろりと覗く飛び出した胸骨が荒い呼吸に合わせて上下しているのが見えるのにも関わらず。

「あーあ。痛いよぉ。死んじゃいそうだよう。死んでるけど」

ヤミィーは相も変わらず得体のしれない笑いを口の中に含んだ物言いをした。

「何した?軍曹に」

問いかける。返答は期待していなかった。

「んー?いじっただけだよ」

「なにを」

「内臓に手をつっこんで、こう。くりくりっと」

「そうじゃない。軍曹をいったい何に変えたんだ?」

「あぁ。僕の従順なるしもべにしたよ」

「軍曹を開放しろ。さもなければ」

「いいの?もし僕を殺したら軍曹さんも、ハヤシさんだっけ?死んじゃうよ?」

「……」

「さぁ。どうする?」

押し黙るより他にしようがなかった。

「隊長」

小隊のメンバーが、私の仲間が頼ってきている。決断するよりほかに無かった。

「現刻をもって軍曹の任を解き、敵性としてみなす。発砲許可」

重々しい沈黙を破ったのは、タカノではなくヤミィーの方だった。あからさまな長い溜息をひとつ口から吐き出すと、首を横にふり、いかにも呆れ果てたというポーズをとった。

「まさか。仲間を撃つなんてねぇ。信じられないよ。そこはこう、仲間は撃てなーいとか甘いこといってくれないとさぁ。つまんないじゃん」

長い長い嘆息が続く、軍曹はその間みじろぎ一つ取らなかった。

「もういいよ。君たちと遊ぶのは飽きた。あとは僕の作ったおもちゃとでも遊んでてよ」

そういうと二度手を打ち鳴らした。其の瞬間、廃墟から、暗闇から、割れた地面のひびから、茂みから、無数のうごめく影が飛び出した。それは四肢が欠けていたり、半分しかなかったり、溶けかかっていたり、焼け焦げていたりはしたが、グリーンカラーとアッシュブラウンの軍服を着た人物たちの、間違いなく今回の戦闘で出た遺骸たちだった。

「さて、楽しんでね」

「待て!」

銃撃は死体たちにあたってヤミィーにまでは届かなかった。彼女はもはや後ろを振り返ることもなくそのまま姿を眩ませた。対照的に、死体たちは自我をもったように集まり始めた。そして身体と身体が擦りきれるほどに絡み合った状態になると、首だけを回しながらこぞって貪り始めた、いや、食い散らかしているのではない、お互いがお互いを捕食しているのだ。面積が2倍になるにつれてその体積も4倍に、爆発的に肥大化していっていた!ほんの数十秒で死体たちは個別の名称を与えることが難しいほどに溶け合って混ざり合っていた。やがて、それらから一本の触手がとびだしてでろりと地面に横たわると、頭上に特大の肉樹が天を覆うように傘を広げる。そうして出来上がった奇妙な肉声のテトラポッドが眼前で咆哮を轟かせた。

「攻撃、攻撃、攻撃!」

銃火が肉塊に突き刺さる、赤色の点描が肉色に打ち込まれる。弾丸が血しぶきを立て表面に汚泥を塗りたくったが致命打にはいたっている気配はまるでない。どころか、混ざりあった肉塊は痛みのもとを断つかのようにその膨らみきった醜悪な両の手を闇雲に地面に叩きつけた。その日はじめてタカノは地上から立ち上る落雷というものを見た。砕かれたコンクリートの断片が振り上げられた腕の動きに伴って遥かの空まで打ち上げられ、その衝撃と音とがびりびりとタカノたちの身体を揺らす頃には、雨のように土塊が降り注いでいた。

「……」

全員が銃撃をやめていた。なんなんだこいつは。

力の差は歴然としていた。生身で戦車と対決するような無謀さに勇気や戦意が沸き立つものか!タカノたちは鍛え抜かれた軍人であるからできることは幾千とあった。しかしそれ以上に同時に能力の限界というのもはっきりと自覚している。こいつは明らかにちんけな小銃や目くらまし程度の手投げ弾が通用する対象では、ない。

「こいつはもう戦争なんかじゃない、」

撤退するぞ。といおうとしてタカノはその言葉を飲み込んだ。ゲリラたちを蹴散らしたとき俺はなんていった……?森に逃げ込んだとしても、長くは持たない。それは俺たちにだって当てはまるじゃあないか。

「撤退しましょう」

「いや、ダメだ」

「どうして!?」

「森に逃げ込んでみろ。GPSがオフラインの状態での潰走なんて自殺行為もいいとこだ。それにここはやつらの庭だ。散らばった部隊から奇襲を受ける可能性が高い」

「それじゃあ」

「迎撃する」

部下はその言葉の意味を、裏側に含ませた限りなく死ぬ確率が高いということをしっかりと読み取ってくれたようだ。苦笑いを口のはしに浮べた。

「泣けますね」

「まったくだ」

肉塊はその堂々たる姿を目の前でくねり撓らせていた。目の前の世界は異様なサイレント映画のようだった。何十人もの死体だったものが、ねじれて解けて赤く染め上げるその端を、黄色い煙が霧のように漂っている。そのとき恐ろしいことに気がついた。いままで全部が全部死体だと思っていたがその限りではないらしい。死にきれない、無数のそのほかのものたち、痛みと恐怖にずたずたに引き裂かれた負傷兵がみみずのように身をよじり口をなんども開け放ちながら声にならないようなうめき声で助けをよんでいる。祈るように一心にこちらをみているものがいる。だが音はない。声がだせない。あまりにも苦痛が大きすぎて彼らの喉が張り裂けているからだ。四人の兵士たちはようやく理解に到達した。

こいつは絶対にここでたおさなければならない。こんなものが地球上にいて居ていいはずがない。

戦闘服がまるでつよい向かい風に歩いているように膨らむ。音はいまだに聞こえない。

だが見ることはできる。それが望むにせよ望まないにせよ。小銃やヘルメットが散乱する戦場。一両のバギーは射手をいぬかれたまま、14.5ミリの砲身はどこにも狙いをつけていない。

「いいか。勝機があるとしたら2つだ。対戦車砲をねじ込むか、14.5で削るか。だ」

幸いにも肉塊は自分を制御するので忙しいらしく、こちらには目もくれない。

「自分は14.5の方に賭けますね」

「やっぱりか?」

「なんてったってミートチョッパーを使うのにこんなにいい状況はないでしょう?」

は。と緊張が抜けた。確かにそのとおりだ。

「よし、任せた。ケツは守る」

「諒解」

久々のピンチにタカノの胸は震えていた。喜びでである。

「この感じだ。戦争だ。おれにはそれが必要だ」

部下が装備を手放した。それがスタートサインになった。

誰かが照明弾を打ち上げた。闇が払われ、光のもとで対象がはっきりと見えた。

耳慣れた軽機関銃と突撃銃のアサンブルが響く。今度は当てる必要はまるでない、とにかく音と痛みとでこちらに注意さえ引きつけることだけできればいい。タカノの部下は優秀だった。後方を守る精鋭たちのことを微塵も疑うことなく、ただ自分の任務のことだけを考えて走った。もし敵が訓練された兵士なら最優先で彼を狙っただろうが、幸いにして肉塊にそこまでの知恵はなかった。その行動は極めて愚直なものであった。顔にかかるハエを払うように腕をぶるりと一度振り回したのだ。間違いなく効いている。

「痛いか!?痛いよなぁ!?」

軽機関銃手が叫ぶ。ベルトリンク式の鉄筒はバックパックから無尽蔵に弾丸をくわえ込み吐き出す。切り取り線を刻まれた肉塊はくぐもった悲鳴を上げた。精確にはくぐもっているわけではなく、その悲鳴をあげる顔顔が多すぎるため奇妙な和音になって耳朶をゆらしているだけなのだが。

「来る!散開!」

目の前で肉塊が収縮しはじめた。とおもうと食指を叩きつけるのではなく、すくい上げるように突き出してきた。コンクリートの上で粘着質な音を奏で、一直線に獲物求め突き進む。その行く先は軽機関銃をもつ部下のもとへと続いていた。

彼は限界まで粘り、ぎりぎりで飛び退いた。大きくて早いものは威力こそあれ、急にコースを変えるということはまるでできない。食指は彼の影を虚しく突き刺しはるか後方の瓦礫に突っこみ埃を舞い上げた。重心を大きく傾かせた肉塊が瓦礫に突っ込んだ触手を支点に歪む。バランスをとれなくなったそれは、生物の本能として転倒を防ごうとして一瞬タカノたちのことを忘れる。忘れてしまう。4人は喝采をあげたい気分になった。

唯一の攻撃手段であった、触手を封じた。そしてそれを見逃すような無能はここにはいなかった。後ろを振り向く、部下はすでにバギーに搭載された14.5ミリに組み付いている。

「殺れ」

アンサンブルに腹を揺さぶるスタッカートが加わった。はなから反動を無視した固定機銃はコンクリートすら打ち砕く弾丸に音速の力を授け、致命の一撃を加える。

明らかにいままでとは違う弾痕だった。当然ながら厚みのある肉程度で弾丸は止められない。そのまま鉛は反対側の黒々とした森を見通せるほどに莫大な穴をあける。今度は正真正銘の絶叫だった。傘が揺らいで地面に崩れ落ちるが、瓦礫に食い込んでしまっている触手は未だにぬけない。反撃に移ろうとする無駄な努力をあざ笑うかのように大小さまざまな弾丸は急襲し、肉をそいで切り落とした。

「糞する時間が半分になったな」

酔っぱらいに横からタックルをくらわせたかと見紛うほどに肉塊は転倒した。それでもなお衝撃は吸収しきれなかったらしく、屋台骨でもあった大きな一本の筋が断ち切られると、やがて自重すら支えきれなくなり自壊しはじめた。それを見て攻撃の手は激しさをより一層増した。小銃は傘の付け根の部分を、軽機関銃は胴体を、重機関銃は触手を。いまや、肉塊は3パートに切り分けられつつあった。誰ひとりとして冷静さを欠く人物はいなかった。趨勢は決した。

「分隊、撃ち方やめ」

肉塊はぶるりと大きく震え続けるだけだ。終わってしまえばあっけのないものだった。

肉塊を戦車と対比させたがしょせんは人と変わらない、痛みと怯えがあるのならそこを最大限に煽ってやればいいだけの話である。

「ただの木偶だったか、燃やすぞ」

機関銃手に目配せする。彼はにやりと笑うと、腰から手投げ弾をとりだして二度三度手にもったまま大きく振った。あれは焼夷弾でレバーを話してほんの少しすれば骨を焼くほどの火炎をあたりに撒き散らす。あれの厄介なところは熱さに身をよじればよじるほどに火炎付きの薬品が別の場所に広がり手のつけ用のなくなることだ。知性のある人間ですらそうなのだから獣にすぎない肉塊の場合は言わずもがなだろう。

「こいつで終わりだ」

カウンターにだけ気を付けながら慎重に射程ににじり寄る。肉塊は動かない。大きく腕が振り上げられる。

「待て、待て、待ってくれ!」

しかし手榴弾が投擲されることはなかった。

「なんだってんだよ」

目の前には見知った顔があった。部隊の仲間たちだ。

「お前……」

元と付けたほうがいいかもしれない。もう彼らの身体は肉塊と連結して境界はない。

「頼む。殺さないでくれ!俺らはまだ生きてるんだよ!」

「お前ら死んだだろ!?」

「違う!あのくそ女にこいつに組み込まれたんだ!」

「そんなこと…」

軽機関銃手は明らかに戸惑いきった様子だった。助けを求める視線を何度もタカノに向ける。こいつは死んでいるのか?それとも生きているのか?

「おい!」

「は?」

次の瞬間飲み込まれた仲間の顔がぱっくりと割れてなかから無数の鋭い歯をもつ口が現れた。

「は?」

機関銃手の最後の言葉になった。彼の身体はあっという間に飲み込まれると腹の奥へと姿を消した。すぐに14.5ミリの射撃が開始されようとした。がそれはついに叶わなかった。肉塊は、手頃なところにある瓦礫一つを取ると全身を勢い良く伸縮させてバギーに投げつけた。風切り音がやけにクリアに聞こえた。

「避けろ!」

間に合わなかった。バギーは瓦礫に耐えきれるはずもなく礫に刻まれてフレームがひしゃげてぶつかる音が激しくひびいた。すぐに燃料に火が回って車体全体がオレンジに包まれ、あたりをこうこうと照らし始める。仲間の死をいたんでいるだけの時間はもう無い。明らかに以前とはパターンが違いすぎる肉塊のことを考えるだけで手一杯だ。

「応射!」

しかし銃撃音が響くことはない。

「隊長!弾がもうない!」

舌打ちを2つ。わかりきっていたことなのにタカノは、迎撃に熱中するがあまり自然とその可能性を自ら排除してしまっていた。

「鹵獲しろ。お前は盗みが得意だったろ?」

「そんなの得意だった記憶はありません」

「今得意になったんだ。じゃなきゃ死ぬ」

手持ちの弾倉は2個ぽっち。おおよそ50発。弾づまりを防ぐために普段よりも5発ずつ少なく装填しておいたことがいまとなっては悔やまれた。

「引きつける、任せろ」

試みは始まった。最後の火蓋は打ち鳴らされた。銃撃は始まった。仲間は走る。その影を触手が追う。させはしないと根本に銃撃を加える。意味がない。熊の突撃を水鉄砲でとめるようなものだ、勢いはとどまらない。仲間の瞳が恐怖の色にそまる。

「すまん」

目を伏せたかったがそれはかなわない。肉肉しいものと、軍服とは気持ちが悪いほどにミスマッチだということに気がつく。それは宗教画を思い出させるほどにシュールで気持ちの悪いオブジェクトだ。貫かれた仲間が血に混じったものを路上に吐き出す。赤いものと黒いものと黄色いものが混じっていた。ずるりと目だけがこちらを向く。血走った目だった。タカノはなにもできない、しようとすることもできない。その瞬間タカノは怒りが全身を駆け抜けるのがわかった。

「ふざけやがって」

弾はもうない。すべてを撃ち尽くしてしまった。用済みになった突撃銃を地面に投げ捨てた。諦めたわけではない。まだ対抗するだけの手段も望みもある。

腰の弾帯からラストになった手榴弾を一つ手に取った。

ピンを抜いた。

覚悟は決まった。

触手がその手を伸ばそうと伸縮する。

「来い」

一瞬の静寂の後に風波をきって巨大な肉塊が眼前に壁となって繰り出された。カミソリの刃の間をすり抜けるような際どさでそれを回避するとすぐに次の行動に移った。遠のくのではなく、全身の義体のバネをつかって敵の懐に飛び込んだ。作戦は成功だった。敵を欺くことにも。一瞬虚をつかれた肉塊は慌てて触手をひっこめようとするがそれはさせない、この好機を逃せばもうチャンスが訪れないことは明白だった。

肉塊は触手を使うのを諦めたらしい、その口をがばりと横に大きく広げる。鋭い鋸が何本も乱雑に乱立している。歯と歯の間に今まで食われていた仲間の残骸がこびりついていた。目と歯とが擦り合わされるほどに近づくと嗅いだこともない腐臭が鼻孔をくすぐる。

「そんなに食いたいなら食わせてやるよ」

言うなり腕を繰り出した。手榴弾をもったままで。突き出された餌に反射的に口は閉じた。眼前にアラートが出る。痛みはないが耐え難い苦痛を失われた器官が発していたことが情報として脳に伝わる。

にやりと笑った。右腕が、手榴弾をもったままの右手がサムアップしている。

「死ね」

レバーがはじけ飛んで、口の中に消えていった。最後の一撃は最高の一撃だった。腹の中に消えていった手榴弾は内部で爆発しただけでなかった。仲間の残した一発の焼夷弾。そのレバーまでもを同時に弾き飛ばしたのだった。

「ぷぎっ」

あえぎ声のようなこえだった。ぶるりと吐き気をこらえるように一度振動する。火柱が立ち上ると、瞬く間にその火は全身へと回った。少しでも火から逃れようと身をよじるがそれすらも悪手にしかならない。燃え盛る火柱がほとほとと絶叫とともに崩れ落ちていく様は見ているだけで快感を伴うほどに美しい光景だった。

「クソ」

しかしゆったりとそれを鑑賞しているだけ余裕はタカノには残されていなかった。すでに彼の視界の八割は闇で覆われていた。そっと右腕に目を這わせる。止血されていないそれからは管と骨とが入り混じって大量の血液が流れ出していた。

「止血しないと」

口の中でつぶやいた言葉は戒めにしかならなかった。彼は痛みがないがために、重要なことを見逃していた。それは疲労と苦痛とが限界まで達したとき人は意識を飛ばすことを選択するということ。動けない。タカノは迫りくる地面を見た。

「こんなところで……」

意識の闇は暗闇よりもよっぽどに深いものだった。

 

▽▽▽

 

「いやぁ。正直驚いた」

彼が目覚めにきいたものは一番聴きたくない声だった。

「ヤミィー……!!」

「あれをたおしちゃうなんて驚きでしか無いよ」

すぐに殴りつけようとした。が、身体が動かない。

「無駄だよ。右腕を見てみな」

言われるがまま視線を沿わせる。

ある。

失われたはずの右腕がくっついている。

「君は僕の治療を受けた。意味は分かるね?」

悲鳴をあげたかったがそれすら叶わなかった。タカノの身体はもはや彼のものではなかった。ヤミィーは笑った。

「よろしくね。タカノくん」

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