OVER ENDING【8bit】the last of yours

照準調整ノブをひとつまみだけ動かす。小気味のいい音がしてネジが回った。

アイピースから目を離すと一呼吸おいて教科書の内容を頭の中で反復した。

─1ミニッツ、30メートル先で弾着点を1センチ動かす事ができる。ターゲットまでの距離が30メートルの6倍強とするのであるなら1クリックで2ミニッツほど弾着がずれる。大丈夫。忘れてはない。

そのまま上下調整ノブを上へ13クリック、左へ8クリック動かしてカバーをはめ込む。再びライフルを構えなおしてスコープを覗き込んだ。スコープの中には人が居た。いや、精確に言えば人であったものか。ライフルスコープの丸い視野のなかに切られたクロスヘアの十字線が息を吸うと下がり吐くと上がった。先程から全神経を右の指一本に集中させているため身体の動きは一ミリとしてない。が、呼吸による上下動だけはどうともしようがない。銃口が僅かにぶれるだけでも100メートル先では致命的な差違になることがある。口をあけた。鼻から吸い、口から吐く。敵はこちらに気づいていないから時間だけは十二分にあった。

自分の呼吸が喉の奥におちていくのを感じる。冷静になるように何度も身体に言い聞かせるが鼓動は高鳴って、こめかみを揺らす。無理にしずめようとはしないつもりであったがその微妙な力加減がかえってレティクルをぶれさせた。手汗が銃把をぬらして滴る汗の雫となる。

「よく狙え。最初の一発だ」

父親のことばが彼自身の肉の熱みが伝わる。すっと我に返る。訓練どおりにやればいいだけの話だ。左腕にライフルの負い帯を巻きつけ、絞り上げた。銃床を安定させて狙いやすくするためだった。そのまま右手で安全装置をまさぐる。ちきり。金属同士が、ただの鉄くずが獰猛な兵器へと変化したその微細な音が耳に心地よい。ふーっと肺のなかの空気をすべて出し切ると息を留めた。闇にうがたれた穴から覗く廃墟の光景が凍りつく。その空間の中ですべての音が消えた。

じわりと引き金を絞り落とす。

撃鉄を保持していたシアがはずれて舞った。

撃鉄が音よりも疾く薬莢の尻にしこまれた雷管を叩く。次の瞬間ライフルは力強い生き物のように吠えた。大切に抱きかかえていた腕のなかで跳ね上がろうとする銃を肩の骨で押さえつける。

丸い視野が硝煙と衝撃で白濁する。発射と同時に遊底が後退して空の薬莢を弾き飛ばした。きらめく金色が地面に落ちきるよりも先に下がりきった遊底バネの反発で薬室に第二弾を加えこんで閉じる。もののそれはもはや必要ではなかった。

スコープの中で、標的はぶるりと震えたようにもみえた。僕が放った弾は彼の腹部を貫通した。水風船が割れるときに中身を撒き散らすように、人の身体という水の塊もまた割れるときに中身を晒す。赤くて黒くて黄色いものが背景と入り混じってどこか遠くへと飛んでいく。弾丸が開ける穴はたったの人差し指程度だが、後からついてくる亜音速のかまいたちがその穴を何十倍にも広げる。運の悪い的は軽くなった身体を、背骨のない上半身では支えきれなかったようで真っ二つに水平に折れた状態で崩れるようにして倒れた。

「やったな」

と父親はいった。父親ははじめて僕が敵をしとめたとおもっている。いままで何人しとめてきたか分からないのに。

「今の銃声でやつらもここに誰かいるってことに気がついたはずだ。急いで帰ろう」

そういって帰ろうとする父親の背中に僕は銃を突きつけた。

「ねぇ」

そういうと彼は振り返った。その顔が恐怖で凍りつく。

「なんの真似だ?」

「本当のことを話してよ」

「本当のこと?」

「太郎と黒丸って?」

「なんのことだ?」

「教えてよ。あなたが殺したんでしょう?」

父親の口はごまかそうと動いた。が気休めの言葉なんかいらない。

「なんで!唯一生き残った仲間だったのに!殺したの!?」

父親の顔がくしゃりと歪む。やはり父親はなにかを隠していた。

36人中たったの3人しか帰ってこれなかった、あの大失敗におわった遠征のことだ。

 

そして僕の父親はその3人の内の一人で残りの2人を惨殺した殺人鬼だ。

 

「都合の悪いことがあったんでしょう?だから口封じをしようとした」

「それは違う!」

「どう違うのさ。そのことを確かめるために,友達は死んだよ」

「お前……!?」

行方不明扱いになっていた隣人の名前をきいてようやく腹を据えたらしい。

「いいか太郎と辻丸は仕方がなかったんだ」

「仕方がなかった……?感染もしてなかったのに?」

触れてはいけない線を踏み越えてしまった。頭の中が怒りでそまる。

「あぁ。だってあいつらは……」

一発の銃声が響いた。

 

▽▽▽

 

後ろの板がばりばりと音を立てて割れた。その場にへたり込む。目だけを回して後ろの壁を見ると確かに矢じりが一本深々と突き刺さっていた。

「う」

いままで16年生きてきたが明確な殺意をもってクロスボウを撃たれたのは人生ではじめての経験だった。もし右に避けていなかったらいまごろ脳天に深々と矢が突き刺さって内容物をあちこちに撒き散らしていた。

「な、なにを」

「なにをじゃねーよ」

ナユは二発目をセットするとドットサイトの小さな赤い点を僕の胴体めがけて合わせた。

「次は頭じゃない。確実にぶち殺す」

「待て!」

全力で助けを呼びたかったがここは壁のなかでも特に人気のない地域だ。誰が好き好んで外を徘徊するゾンビどもの声を聞きにやってくる?ここを通るのは定期警戒中の憲兵ぐらいのものだ。

「なぁ。お前の親父は確か大遠征の時の生き残りだったよな」

なんのことかと思えばまたそのことか。

「あぁ。そうだ」

大遠征。といえば聞こえはいいがようは見せしめの部隊のことだ。あのとき極端に食料が不足しはじめ指導者たちの責任が問われていた。とはいえ消費するしかないものをおいそれ簡単に増やさすことはできない、なにか劇的な案をださなければ内紛が起こる可能性があった。そこで指導部はたまりにたまりきったフラストレーションのはけ口を壁の向こう側に求めた。

食料と弾薬をもとめ遥か地平の彼方へ。

しかしその実体は救援物資を探しに行くという体で無謀な口減らし作戦にすぎなかった。武器も弾薬も足りていなかったしなにより致命的だったのがやつらの情報がまったく足りていなかったことだ。結果的に指導部の目論見通り部隊は全滅、生き残ったロンリーサバイバーが僕の父親ということになる。

「俺の父親も作戦に参加していた」

「それは」

息を飲む。

「すまない」

掛ける言葉が見つからず口をついて出たのは謝罪のことばだった。ナユはそんな僕を見下ろして馬鹿にしているのがわかるほどあからさまに鼻をならす。

「そんなこと思ってもないくせに」

「……」

事実そのとおりだ。僕がまだ子どものころの話でまだ物事というものが理解できる年ではなかった。ただ漠然となにかとりかえしのつかないことが起こっているという不安だけが心のなかにあっただけ。それに責任を感じろといわれてもどうしようもないとしか考えようがない。

「なにをすればいい?」

「助けてくれ」

「助ける?僕がか?」

ナユは一度ゆっくりと首を縦に振る。

「情報が欲しいんだよ」

「情報?知っていることならなんでも教えるさ」

僕が一体なにを知っているというのか。まだ軍役すら終えていない16の子どもなのに!

「君の父親についてだ」

「父さんの?名前は」

「ちげぇよ」

怒声に言葉尻を切った。

「当たり前のことはきいてない。重要なことはどうして生き残ったかだ」

「どうして?そんなの聞いたこともない」

「嘘だ!」

二発目が地面に突き刺さる。

「父親だろう!?ぐちの1つや2つ聞いたはずだ!」

「ほんとうになにも聞いてないんだよ!」

すでに声には涙がまじりつつある。

父親は大遠征について何一つ語ろうとしなかった。それとなく僕から過去の話をねだるときもあったがそういうときは決まって曖昧な笑みではぐらかした。それでもなおしつこく食い下がると今度は目を怒らせて二度ときくんじゃない!と強い口調で制される。いつの間にかこの話題は僕と父親との間で触れてはいけない場所に記憶の埃がかぶるまで置いておかれることが、暗黙の了解になった。

「なぁ。お前ほんとうになにもしらないのか?」

ナユの眉尻がきゅうとしぼんだ。

「最初からそういってる!」

じっと見つめ合うだけの空白の時間がゆっくりとながれる。やがて僕の言葉が一切の嘘をまぜてないことが伝わったのか、彼の全身から力がぬけていった。クロスボウを構えていた両の手がゆっくりと垂れ下がる。

「嘘だろ。おい。まじかよこんなのって」

目尻に手をあてて少しの間黙り込んだ。チャンス到来とばかりに走って逃げようとしたがそのときはじめて力を込めることができないほどに足が震えていることに気がつく。あわてて目をナユにむける。彼はこちらのことなど気にする様子もなく、余程ショックだったのだろうかその場にへたりこんでしまった。

「くそー。だからやりたくねぇんだよNPCの脅迫なんて。第一こんな子どもが必須キャラってどういうこった」

ナユは口のなかで訳のわからないことをぶつぶつと呟きはじめる。その様子をみて僕は確信した。こいつは気が狂ってる。それも取り返しがつかないくらいに。こんな世の中だから気が狂う人間など星の数ほどいるし、それがたまたまナユだったとして驚くほどのことでもない。出来るだけ彼を刺激しないように慎重に言葉を選んで話し始めた。

「いいかい。ナユ。落ち着いて話をしよう」

「あーもういい。設定とかだるいわ。単刀直入にいうぞ。お前の親父の二段目の引き出しを漁れ」

「え?」

「いいから。そーでもしないと、ノートが出てこない」

「ノート?ノートってなんだよ」

「ん?そこにすべてが書いてある。頼んだぜ」

そういうとナユはクロスボウを肩に担ぎ直して街にむけて踵を返し始めた。

「なんでそんなことがわかる!?僕の家なんか上がったことがないだろう!?」

「何言ってんだ。前にもやったんだぞ。頼むわ」

そういうと彼は手を振った。ようやく足腰がたつようになっていた。そのまま壁を支えに立ち上がる。

「なんだったんだ。あいつ」

ノート。記憶の蓋がすこしではあるが開く。僕の父親がたまに読みふけっている古ぼけた手記があったような気がする。表紙もタイトルもおもいだせないし、興味をもつこともなかったがそれがナユの言っていたノートというやつではないか。

「でも、いったい何が書いてあるっていうんだろう」

答えは、ノートを手に入れないことには分からない。

 

▽▽▽

 

家に帰るとすでに父親が帰ってきていた。

「どうした。ひどい顔だぞ」

その言葉を適当に流して家へと上がる。

「ねぇ」

「なんだ」

なんでもいいんだけど、ノートってもってない?の言葉は飲み込む。持っていたとしてもホイホイと渡すわけないし、大遠征関連のことだからどうせまたはぐらかすだろう。

「いや。なんでもない」

「そうか」

父は手元の本に目を落とす。

「そういえば。さっきココロちゃんと、レオ兄が遊びに来てたぞ」

「本当に!?なんか言ってた?」

「見つけたっていってたぞ。なにをかは知らないが」

見つけた!その言葉をどれだけ待ち焦がれたか。もういてもたっても居られなくて今入ってきたばかりのドアを蹴飛ばして外の路地へと飛び出した。

「警告時間前までには絶対帰ってこいよ!」

お決まりの忠告に生返事だけを返す。まだ日は高い位置にあって、穏やかな風が流れる中夏が影と光とをはっきりと分けていた。気持ちのよい群青日和だ。こういう日は足に羽がはえたようにどこまでも駆け抜けていけるような気がする。それでもあの二人に会いに行こうとするとどうしても足が重たくなってしまう。あの二人のことが嫌いなのではなくて住んでいる場所が理由だ。

 

僕の住んでいる区画は一番治安が良いと言われている”衣料品売り場”しかしココロとレオ兄が住んでるのは、ネズミですらにげだすと言われている”駐車場エリア”だ。

この区画の呼び名は昔の名残だ。ゾンビが世界に現れる前のウルトラスーパーマーケットという世界中のモノを集めたお店だったころの。今はもうほとんどが軍の管理下に置かれてしまってがらんどうが広がっているだけだけど、まだアウトブレイクの始まるまえには一生かかったって使いきれないほどの量の物資があったらしい。

指導者たちはそこに目をつけて武器と権力を盾にここをぶんどって僕らの街を始めた。

表向きは交渉とだけいっているが実際は殴り合いの末獲得したというのが正しい。一体どれだけの血が流されたかまでは教えてはくれなかったけれど、あちこちに飛び散る黒いシミや弾丸の作った擦り傷、拾いきれなかったシャレコウベの白い破片がその酷さをどんな文献よりもはっきりと伝えてくれる。

 

衣料品エリアを抜けると広いホールへと出た。吹き抜けになったそこにはかつての栄光をしのばせる遺品の数々が無残な姿を晒している。傾いたWELCOMEの文字に底の抜けたフローリング。黄ばんだ人形たちの笑みに、今はもうやってない屋台の傾いだ木骨。しかし昔と変わらず人はいる。ただ大きく違う点はかれらの表情は柔らかなものではなく怒りをはらむ厳しい表情だということだ。

大規模なデモをやっていた。横断幕には指導者たちをけなす汚いスラングがずらりと並んでいる。その言語は様々だがいっていることは共通している。

ー食料をもっとよこせ、と

最近いつもこんなことばかりをやっている。上層部の独占のせいで食料がたりてないと、彼らはいっているけどそんなことは建前でしかなく。実際のところはどうしようもない不安をデモという行動によって発散しているというただそれだけの話だ。

 

散らかったイスとビラと、熱のこもったヤジを飛ばし続ける群衆の脇をすり抜けながら駐車場を目指す。フードコートをぬけるともうそこから先は完全なる異世界がぱっくりと口を開けている。気がつくと薄ぼんやりとした闇が払われていた。目の前には高い壁がそびえ立っている。

駐車場エリアには夜が凝縮されている。と思う。先の見通せない怖さがそこにはある。

一番陽があたる屋外なのにいつもいつも拭えない人々の暗さとか、恐怖とかが空気中にあふれだしてとぐろを巻いているのが肌で感じることができる。

一応、ショッピングモールの中に住んでいるひとには屋根が確保されているのにここの住民たちにはそれすらも与えられていないから勝手に剥がしてきた資材なんかで急ごしらえのバラックを作っていた。環境は最悪だけど、彼らの大半は外からやってきた人間で、帰る場所も守ってくれる人たちもいないから自分自身の置かれている環境に甘んじるしか道はない。

そんな中でレオとココロはすごく頑張っている。常に希望をすてずに自分がいまやらなきゃいけないことを探して絶えず努力してる。

 

「サトル!」

後ろを振り向くとレオ兄がいた。

「レオ兄!」

レオ兄をみるとほっとする。ぼろぼろのつなぎを継ぎ接ぎでごまかして着ているが、その様子があんまりにも昔の妖怪にそっくりだから、フランケンとか、フランとかいうあだ名が付いている。一番その印象を決定づけるのが彼の表情だ。彼の表情はつねに分からない。そばかすだらけの顔を恥かしがって長い髪で隠そうとしているがそれが不審者らしさを返って増してしまっている。

「時間がないんだ」

「なんで?」

「おいおい話そうと思うけど。荷造りをしてほしい」

「え?」

あまりに急な話に面食らう。

「今夜。出発する」

「出発って……ルートは確保できたの」

「ああ」

レオ兄の目がぎらりと光った。

「ようやくこの街から抜け出せる」

 

▽▽▽

いつもの場所にいくと、すでに何人かの人影が見えた。二人は知った顔だったがそ

れ以外はまったく面識がない。

「急で悪かった。でも今夜しか決行できない」

レオ兄が周囲に聞こえるように声をはった。

「待ってくれ。いろいろ聞きたいことがある」

女が手を上げた。古びた軍服を斜めにきているが帽子だけはしっかりと目深にかぶっていてそのミスマッチさが妙に印象に残った。

「なんで。今日なんだ?」

「今日。ウァルハラへの門が開くからだ」

レオ兄がにやりと笑う。周囲にいる人物全員わけが分からないといった表情をうかべた。

「ウァルハラ?」

「あぁ。そこが最終目標地点になる。そこは本当の楽園さ」

「楽園!」

笑いが起きた。誰ひとりとしてその言葉がそのままの意味だとは思ってない。現に僕自身もたいしておもしろくもないジョークを言ったのだとそう思った。

「いや。そのままの意味だ。ゾンビがいない」

ピタリと笑いが止んだ。それはただの沈黙ではなくて発言者を非難する刺々しい重みをもつ間だった。冷や汗が出る、レオ兄、ジョークなんていったら本当に刺されかねないぞ。

「からかうのもいい加減にしろ。そんな場所あるはずがないだろ」

「特効薬ができたんだよ。このクソッタレな病気に」

一瞬の間があった。

「うそだろ!?」

わっとその場が沸き立つ。しばらくの間狂乱とそれが本当かどうかを確かめる罵声が狭い室内の空気をびりびりと震わせた。

「本当だ。特効薬はある。すでに量産体制にはいっていてこの区画すべてに配給するための計画が立てられている」

「じゃあ。わざわざ行く必要ないじゃないか」

「違う。いまいかなきゃならない」

「どうして?」

「ここの上層部が特効薬を下に回すとおもうか?」

「……」

「そういうことさ」

全員がレオ兄の言葉を、一語一語聞き逃さないように耳をそばだたせる。いまやこの場所での力関係は明らかなものとなっていた。さすがレオ兄だ。すでにこの短時間で見ず知らずの他人の上に立って全員を同じ目標へと向かせた。

「どこにあるんですか?その研究所は?」

少年が手を挙げる。雨もふっていないのになぜかカーキ色のレインコートを着ている。

「ウィンスクだ」

「ウィンスク……?」

「知らないのも無理がない。ここから200km以上離れた街だ」

絶句するより他にない。その数字は不可能を意味していたからだ。徒歩であるいていくとでもいうのか。まともな車なんてこの世界でほとんどない。外の世界はゾンビだけじゃなくあらゆる危険が潜んでは血にまみれた爪をといで獲物を待ち受けている。生存者であっても人刈りを専門にしてるやつもいるし野生化して凶暴化した獣だっている。そんななかでの200kmは月までいくのに等しかった。

「200って。どうやって移動するんですか」

「だから言っただろ。今日しかないって」

「なにか方法があるんですね」

「ああ。地下鉄をつかう」

軍服が声を上げる。

「地下鉄ですって?あれはもう電気も通ってなければ整備もまともにされてないはず」

「あぁ。俺も現物をみるまではそう思ってた。ところがどっこいアウトブレイク前の技術力はすごいってこったな。生きてた」

にわかに話が現実味をおびてきた。地下を通っていくのなら敵との接触を最小限に食い止めることができるだろう。

「でも地下鉄だけじゃいけないですよね?」

「もちろん。だからアウトサイダーの力を借りる」

「アウトサイダーって?」

「反政府軍の連中のことだ。彼らとコネがある。力を貸してくれる」

「信頼できる人なんですか?」

思わず質問していた。レオ兄は顔を一瞬曇らせた、僕はそれを見逃さなかった。

「ある程度……はな」

「準備は整ってるの?」

「それに関しては完璧だ。全員分の装備を用意してる。一人一つずつ銃とバックパックを受け取ってくれ」

「どうやってそれだけの物資を?」

「聞きたいか?聞かないほうがいいとおもうけどな」

それ以上の質問はもうでなかった。こっちだと身振りするレオ兄につれられて僕達は奥の部屋に通される。

「うわぁ」

思わず声がでていた。そこにはありとあらゆるものがあった。コンクリートの息苦しい四方の一部屋。そこには鉛色と緑色、それに無数の食料品のけばけばしい発光色がオアシスを作り出していた。部屋のガンラックには銃器が立てかけてあり、それによりそうようにして野戦用に塗装された弾薬箱がおいてある。銃器は大小様々でライフルも拳銃もあった。そのなかでも目を引くのはカーキ色に塗装された細長い鉄の筒だ。僕も本のなかでしかみたことが無かったが間違いなく戦車用の榴弾に間違いなかった。

「戦争でもおっぱじめるつもりかよ」

反対側をみるとレーションと目張りされた木箱が無造作にならべてあり、入り切らなかった分の缶詰がバケツに猫いらずとともに放置されている。それとは対照的に棚に収まっているものはきちんと整頓されていて医療品が保管されているのだろうとおおまかな目星がついた。

「大したもんだろう?」

レオ兄が胸をはる。僕は胸の高まりを抑えることができなかった。これだけの物資があるならクーデターだって起こせる。

「すごいな」

長身の白人がショットガンを手にとってしげしげと眺めていたかとおもうとそれを構えて打つ素振りをした。ばーん、彼のたくましい腕が素早く前後に交差した。リロードポンプの小気味の良い音が響く。

「いくらでもうたせてやる。外でな」

「できればそんなことにはなりたくないがね。えぇっと」

白人がじっとレオ兄のなにかを必死で思い出すように顔を見つめた。彼はそれをさっしたらしく手を差し出した。

「レオだ」

「そうか。よろしくレオ」

白人がぽりぽりと頬をかく。

「名前がわからない。ひとりひとり自己紹介を先にしないか?」

彼の申し出はすぐに受け入れられた。

「僕の名前はレオだ。見て分かる通り今回の脱出の手引をしてる。それと、これは言っておきたいんだが『シックス・センス』は『全体認知能力』だ。よろしく」

「シックス・センス?」

第六感。昔は超能力とかそういうのを指して言ったらしいが、今は全然違う意味だ。超能力ではなく生まれ備わって与えられる能力のこと。そして周囲とは違う超常的な身体能力のこと。それを第六感とよんでいる。人類が存亡の危機に立たされた昨今、原始的な本能や平和な時代には使っていなかった神経が触発されたせいでこんな複雑怪奇が発生した、らしい。

「なんでまた、シックス・センスなんか」

「今回仲間を選ぶにあたって、ひとつだけ条件をつけたんだ。それは全員がシックス・センスをもってること。だから必ず自己紹介をするときは能力を説明してくれ」

「なるほど。どうりでガキやらひ弱そうなやつが多いと思った」

白人のせせら笑いにみながあからさまに表情を固くした。とうの本人はそんなことを意にも介していないようでのうのうと喋り始める。

「俺の名前はリチャード。だけど名前なんて必要じゃない。そうだろ?いちいち死んでくやつの名前なんざめんどくさくておぼえてられねーからな。だからガンナーとでも呼んでくれ。能力はアドレナリン。つまり周囲の動きが止まって見える能力だ」

ガンナーという名前にふさわしく、銃器を振り回すのが似合うがさつな風体の男だった。筋骨隆々でシャツ越しに浮き上がるがっしりとした体の線はどんな衝撃もものともしないさそうだったし、事実幾度もなく修羅場をくぐりぬけてきたのであろうその四肢には至るところに傷跡があった。そして経験に裏打ちされた自信からくる薄ら笑いが顔面にはりついている。また帽子の線にあわせてもみあげのあたりから白髪がはじまっていたが、これは軍隊経験者特有のものだ。

「それじゃあ。そっちの人」

レオ兄が指示した先には、ガンナーの体躯を超える巨躯の影が伸びていた。

(でっか……)

190はあるだろうか天井に擦りそうなほどの身体を操る彼は、レオ兄をじろりと睨むとそのまま押し黙ってしまった。

「あーっと。ごめんよ。こいつシャイなんだ」

大男の代わりにガンナーが自己紹介を引き継いだ。

「こいつの名前はボウ。ヒデェ名前だろ?だからシャイガイって呼んでやってくれ。能力はピッキング。つまり解錠だな。でかいくせに手先が器用なんだ。必ず旅の役に立つと思うぜ」

シャイガイはゆっくりと首を振った。あまりに動作がゆっくりだったから初めはそのとった行動がなんだったのかわからなかったがやがて一礼したのだと気がついた。

「次はレインコートくん」

「ボク……ですか」

レインコートの下の顔が覗く。その顔を見て思わず、喉の奥に言葉を落とし込んだ。

理由は彼が目深にフードをおろしている原因がわかってしまったから。異形。輪郭を2つに裂いてしまうようについた紫色の大きな裂傷、それだけでなくミミズが這うような細かなものが顔全体を覆い、元々は美形であったはずの彼の相貌を酷く醜いものへと化えてしまっている。

「ぼくの名前はレイモンド。戦闘はあんまり得意じゃないし、すきでもない。はじめて壁外にいくから期待しないでほしい。能力は危機察知」

独り言のようなどこにもとどきそうにない小さなか細い声でそういうなり顔を伏せてしまった。彼と協力していけるのだろうかとふと不安に思った。そしてそのときの不安は以外な形で現実化になる。

「レイモンドの能力は凄まじい。我が部隊のレーダーの役割を担ってくれるはずだ」

レイモンドの首ががっくりと落ちる。だらりと黒髪が崩れ落ち、そこから覗く耳朶が真っ赤に染まっている。

「……あんまり褒めないでください」

蚊のような囁きだったから聞こえたのは隣にいたぼくだけだった。

「さて、あんたは」

軍服の女に話が振られた。

「ミミ。能力はマッピング。元々、運び屋をやってたんだけど今回の報酬が桁違いによかったから参加させてもらった。このあたりの地形は完璧に覚えてるから任せて」

「部隊の案内役だ。アウトサイダーと合流するまでは彼女についていくのが一番安全だ」

「そういうこと」

「報酬なんてうそっぱちだろミミ」

ガンナーが声を荒げる。

「あら。どうしてそう思うのかしら」

「お前のことはよーくしってるぞ。良くな。よくも軍の仲間を大勢やってくれたな」

「ファンがいて嬉しいわ。実は私もあなたのことはよく知ってるのよ。リチャード。軍でもあなたの首に縄をかけられなかったようね」

「ああ。引きちぎってやった」

「さすが狂犬。首ごとおちたようだけど」

明確な殺意が身体の奥底からわきだして全身を震わせるのが目にみえて分かった。ミミがホルスタの金具に手を掛ける。一触即発の険悪な雰囲気を打ち払うようにレオ兄はひとつ手をうった。

「喧嘩はおしまいだ。時間がないといってるだろう。最後だが、サトル」

「サトル?変わった名前だな」

「あんたと同じだよ。本名じゃないんだ。妖怪の名前からとってる。サトリっていうやつから」

「さぞかしすごい妖怪なんだろうな。そいつは?サトル」

あからさまに怒りを露わにした僕にレオ兄が気を聞かせてくれた。

「はやく荷造りをすましてくれ」

舌打ちが2つ鳴り響きその場は丸く収まったがこんな個性メンツでしっかりと目標地点までいくことなどできるのだろうかという不安はその場にいた全員の心の中にどす黒く広がった。当然だが全員とまったく面識がない上にどのような人物なのかも未だにつかめない。そんな人々に背中を安心しては預けられない。

「レオ兄。ココロは?」

「あぁ。もちろんついてくる」

「どこにいるの?」

「どうだっていいだろ。そんなこと」

レオ兄はあからさまに苛ついたそぶりでぶっきらぼうにそう答えた。まったく想像していないところで地雷をふんでしまったのでうろたえて言葉尻を切る。そんな僕をみてレオ兄は慌てて取り繕った。

「ごめん!ちょっとイラついてるんだ。計画がうまくいくかもわかってないし」

「いや、こっちもごめん。はやく準備しよう」

気まずくなってしまった空気から逃げ出すようにして僕は銃器が陳列されている棚に向かった。まず銃器を決める。理由は単純で使う銃によって弾倉やクリーニングキットの有無が決まるからだ。そのなかでも銃身にアクセサリのついていない標準的なサイズのカービン銃を手に取った。固形繊維ガラスのハンドガードがひんやりとした鉄の重みを伝えてくる。

「渋い銃を選ぶねぇ」

思わず苦笑した。この銃を見つけたのは他ならぬ僕自身だ。近場の基地跡を探索したときに礼砲として保管されていたものを拝借したのが馴れ初めである。これは古い上に木製であるため水気の多い所に送るとふやけて銃床がダメになってしまう。しかも反動が肋骨を叩き折るほどに強い上に銃身が長すぎて取り回しが悪いから屋内での戦闘には最悪だ。しかしそれを補って余りあるアドバンテージもある。一撃でもかすったら痛みを感じて悲鳴をあげるよりも速く確実に相手をしとめて殺すことができる。『無痛銃』としての強みが。

「緊張するか?」

「いや。あんまり」

「肝が座ってるな」

「慣れてるから」

半分本当で半分ウソだった。実は脱走を試みたことは一度や二度の話ではない。レオ兄とココロと僕、その三人で生きたまま壁の外まで出られたこともある。おきまりの段取りはすべてわかっていたし普段と変わらない、お使いと変わらないくらいの感覚だ。

(でも)

今回は本当にこの生まれ育った故郷をたつことになる。二度と戻ってくることはできない、この場所での法律によれば理由がなんであれ一度でも壁のそとに足を踏み入れたものは感染者としてみなされ殺処分される。だから失敗はいっさい許されない。

前まではどんなに時間がかかろうが1日で目的場所を探し当て帰ってくることができた。だからこそ心に余裕をもって行動できていたが今回はどうだろう。不安を振り払うように僕はバックパックに装備を詰め始めた。

 

△△△▼▼▼

 

薄ぼんやりと光る球体を灯して行進している姿はどこか童話を思い出させる光景だった。地下鉄へと向かうためには軍の検問所を夜暗にまぎれて突破しなくてはいけない。夜のなかで一番当たる弾は自分の後ろから飛んでくる仲間の弾だ。だから万が一にも誤って同士討ちすることのないようにIFFスティックと呼ばれる、化学物質によって特定の光を放つものを右肩につけておく。同じゴーグルを装着している味方以外にこの光が見えることはないから識別にはもってこいの装備だった。

抗弾ベストや弾薬などの装備が重くストラップが先ほどから肩にくいこみ全身を縮こまらせる。装備は標準的なものだった。11発入りの予備弾薬ケースをガムテープで留めた無痛銃一挺、4.5キロの抗弾ベスト、ヘルメットの代わりに縁の広い帽子をつけていた。MOLLE(モジュラー軽量装備装着)ハーネスには水筒、予備の弾倉を3個。脇には拳銃と十五発入りの弾倉四本、銃剣、ナイフ、ファーストエイド、予備の電池、手榴弾は二発。そして彩り様々な信号弾と発煙筒とをさしこんである。

また電子機器もある。暗視ゴーグルに加えて、葉巻程度の大きさの戦術無線を手首に固定していた。言葉を発すれば骨伝導で本体へと音が届きイヤホンとブーム付きの小さなマイクを使って分隊の間で通信することができる。

もうひとつの無線機はハーネスに取り付けられ、無線ユニットと同じイヤホンに接続されている。この背中一面を覆う大きな無線機は後方で指示をしてくれるクレルという人物の無線機につながっており、有事の際には僕が無線手として後方に情報を送らなければいけないが、いまは無線封鎖が厳密に守られていてただ沈黙のみが支配していた。

「待て」

レオ兄が右手をあげた。全員が行進をやめてそっとその場に片膝をついた。銃身をもちあげて赤外線ゴーグルの映す緑色の風景に目を凝らす。すると人影が2つゆらりゆらりと歩みを進めているのが遠目に確認できた。と思うと口もとにぽぅと灯りがともった、タバコでも吸っているのだろう。その光に照らされてうっすらと肩にかけた突撃銃のシルエットも確認できた。

「サトル。聞き耳が使えるか?」

こくりと頷いた。イヤホンを外して、地面に耳をつける。全神経を集中させると視界がだんだんと黒ずんできていつもの灰色の世界のなかにシルエットの浮かぶ僕だけの世界が訪れた。夜になく虫や吹きすさぶ風の音を排し革靴が小石を踏みしめる音、車輪が地面を蹴飛ばす音をひろう。

「検問所……には2、いや3人。」

「確かだな?」

「外れたことないでしょ」

レオ兄がにやりと笑った。

「仕事に取り掛かろう」

目配せを飛ばす。体格的に優れた二人、ガンナーとシャイガイがライフルをその場においてナイフを鞘から抜き払う。3人なら銃を使わない方がいいとの判断だった。というのも消音器がついた銃を持っている部隊員はいないからもし一発でも発砲したら即座に脱出計画が知られることになりかねない。それだけは避けたかった。

「幸運を」

目の前でIFFが中腰で走り抜ける二人の肩に合わせて上下した。ゆっくりときらめく赤が哨戒兵へと近づいていくが、とうの本人はなんの自覚もなく手持ちぶさたにタバコをふかしていた。

「よし」

小さなつぶやきとタバコの火は地面に落ちて舞い上がる風にもみ消された。緑色の中で赤色は黄色に映えるのだと人生ではじめて知った。続けて二人が詰め所のドアに張り付いた。

「合図を」

マイクから荒い息が聞こえる。カチッ、カチッと二回マイクの電源を切る音がして二人が大きく頷いた。シャイガイがドアを叩く。

「おおーい。ちょっと開けてくれ」

「なんだよ。まだ交代の時間は来てな」

こぉぉぉぉおと痰をつまらせたような音が響いた。シャイガイが喉元を掻っ切ったのだ。詰め所の灯りのもと、もう一人の衛兵がぽかんとした顔でこちらをみていた。がすぐに事情を察したらしく顔を恐怖と憤怒の入り混じった色に変え拳銃を抜いた。

(まずい!)

レティクルを覗き込みその十字に頭を合わせるが、それよりもはやくガンナーが行動を取った。死肉の塊になったそれをシャイガイからひったくると銃口を押し当てて引き金を引き絞ったのである。バカ野郎!と罵りたくなったが想像していた銃撃の爆音は鳴り響くことはなく、ポップコーンの弾けるような乾いた音がひとつしただけだった。内臓や血が赤く染め上げる凄惨な光景のなかで胸に大穴をあけた衛兵は崩れるようにして倒れた。

「即席のサプレッサーにしちゃ上出来だろ?」

意地の悪い笑いがマイクを通して伝わってくる。それを聞いて露骨にミミが顔をしかめる。言いたいことは部隊全員同じことだっただろう、趣味が悪い。

「よくやった。検問所を無傷で突破できたのはデカい。進むぞ」

「伏せて!!」

レイモンドの絶叫が鼓膜をゆさぶった。頭で考えるよりもはやく土に顔をうずめるようにしてその場に倒れ込んだ。

タン!

目の前に土煙が上がり遅れて狙撃銃特有の間延びした銃声が耳朶をねぶるように響き渡った。ぞぉっと背筋に氷柱をつっこまれたような感覚が湧き上がる。続けて次弾が発射されてしまったとき偶然という言い訳は使えなくなってしまった。

血走った目が交錯する。完全に敵に計画の実行がバレてしまった。それは破綻と死を意味するが現実から逃げることは許されない。

「狙撃兵!」

すぐさま腰撃ちの姿勢をとって無痛銃を一斉射した。軽機関銃を抱えたシャイガイが闇雲に弾薬をばらまきまくり敵の射撃が一旦やんだ。闇の帳がおりきった午後二時の夜空に曳光弾の緑や赤の光鞭が標的めがけてしなりを上げつづける。敵の銃撃が一旦止んだ。おおかた拳銃程度だとみくびっていたのだろう、動揺した敵の隙を縫うようにして行動をとる。

「援護する」

ハーネスから発煙弾を抜き取ると扇状に煙が広がるように計算して投げ放つ。祈るような気持ちで見つめる先で、卵型は地面に転がって煙を上げ始めた。風向きがこちら側に幸いしていたようで煙はその場で勢い良く吹き出すと、敵側へとなだれをうって流れ込んでいき視界を覆い尽くした。煙のカーテンを引き裂くようにしてでたらめに打ち込まれた弾が次々と飛び込んでは地面にあたって砂飛沫を噴きあげた。

「撤収」

低くレオ兄がそう命令したのをきっかけに僕らは地面を蹴って門を目指す。敵の攻撃ももはや統制のとれない、てんでまばらなものではなくクロスワードのマス目を埋めるような正確無比なものへと変わりつつあった。

「急げ!急げ!車両が来る!」

心臓が先程から酸素を求めて早鐘を打ちつづけていた。吸っても吸っても身体の隅々まで行き渡らず、熱をもった指先がびりびりと痛みを持ち始る。が、それでも足を止めるわけにはいかない、一歩でも止まってしまえばたちまち狙撃兵の餌食になってしまう。視界に赤黒いものが混じり始めたとき目の前の風景が変わった。今まで見下ろすようにそびえ立っていた壁が視界から消え、代わりに灰色一色で塗りつぶされた廃墟群がその姿を現したのだ。

ーようやく、壁の外。

ほっと一息ついているヒマもない。間違いなく敵は有利な高所、壁の上から重機関銃を雨あられと振らせてくるだろう。とにかく味方と合流しなければならない。ゴーグルを通し闇の中に目を凝らす。侵入者迎撃用に無数にほられた蛸壺のひとつからレオ兄のIFFが灯っているのが見え、そこに向けて飛び込んだ。

「脅かすなよ」

にやりと笑ういつもの彼がいたが表情に覇気がなくひどくやつれて見えた。

「どうするレオ兄」

これを聞いて彼はハッと笑い飛ばした、これもまた普段らしくない歪んだ笑顔だった。

「どうもこうもない、ブリーフィングで伝えたとおり地下鉄を目指す」

「おいおい!冗談だろう!」

耳にはめたイヤーピースから絶叫にちかいガンナーの叫び声が聞こえた。しんがりで援護し続けている彼の切羽詰まった状況が音で伝わってくる。僕はレオ兄をじっと見つめた。彼はゆっくりと冷徹に首を振り、立ち上がった。

「行こう」

「ガンナーの援護をしないと……」

「全員はどのみち助からない」

「レオ兄!」

彼はもはや反論すらしなかった、かたわらに置いてあったライフルを手に取ると蛸壺からまびろでてそのまま暗夜のなかへと消えていった。慌てて後を追おうとしたその時、聞いたこともないような音─ひゅるるるという空気を割く女性の鳴き声のような音が後ろから響いてくるのを身体で感じた。いってはダメだと直感が告げる。ぎゅっとライフルを抱くようにして蛸壺のなかに縮こまった。

「くそ!?なんだよ!?」

一瞬夜が昼へと変化した。爆音と閃光が辺り一面へと拡がり、眼前の地形をクレーターへと変えてしまっていた。しかも一度や二度ではなく猛烈な勢いでそれが降り注いでくるものだから僕は頭と耳と目とをかばってその場に座り込むより他になかった。

こんなことができる兵器を僕は一つしかしらない。

臼砲だ。師団規模の敵を一掃する用途で使われる一撃必殺の超弩級兵器だ。

─なんだってたかだか逃亡者ごときにこんな兵器を?

頭を必死で回転させる。その思考をかき乱すかのように打ち出された弾幕が次から次へと地面に直撃し、辺り一面を耕しつづけていた。まだ狙いは正確ではない、しかし敵の観測員に姿を確認されたが最後蛸壺ごと天高く吹き飛ばされるだろう。

あせる気持ちのなか、そのときふと気がついた。

「銃撃音が聞こえない?」

慎重に耳をすませる、迫撃砲の爆音にまぎれて聞こえづらいが間違いなく短いスタッカートを刻むマシンガンの音がしなくなっていた。一瞬頭のなかで疑問符が点灯したがすぐに思い直した。それはそうだ、これだけ派手に爆撃していたら土埃がたって射撃に有効なだけの視界を確保することが出来ない。ということは今、このときだけはガンナーたちの援護に向かっても狙撃される心配はない。と同時に地下鉄に逃げ込むにしても絶好の機会だ。心がぐらついた。

「頼む……援護を!」

ガンナーの声音はもはや要望ではなく懇願に近いものへと変わり果ててしまっていた。

「あぁ……もう」

バックパックをその場に叩きつけるようにおろしてライフルの銃帯を左腕に強く巻きつけた。こうしておけばどれだけぶん回しても手から離れることはない。深呼吸を一つ。

「ガンナーの援護に回る!」

渋る手足に強引に言い聞かせ蛸壺から飛び出した。向かうべき方向を、ガンナーとシャイガイのIFFの緑色をさがす。夜の闇のなかでガンナーのいる場所だけははっきりと分かった。まるでそこだけ映画のワンシーンを切り取ったかのように銃火が獲物をもとめて交錯しあっていたからだ。

「死にたいの!?」

誰かの声が響く。そんな訳はないが、人が死ぬのを黙って見過ごすことは絶対に無理だ。

壁に近づくにつれて臼砲の合間合間に銃撃が加わるようになった。跳弾が付近をかすめて飛んでいき慌てて近場の蛸壺に飛び込んだ。まわりの様子を首だけだして伺ったがどうやらただの流れ弾のようだ。胸をなでおろす。奇襲が失敗すればこちらまで危ない。

─そうと決まれば

そっと目をつぶり聞き耳をつかう。今回探すのは人でもなければ機関銃の位置でもなく、銃火の中に狙撃銃の音が混じっているかどうか、その一点だけだ。機関銃と違い狙撃銃はよくあたる。明確な意志をもって放たれる一撃と適当にばらまかれているだけのものであれば確実に前者のほうが恐ろしい。さらに、狙撃手は観測手も兼ねているから、例え銃撃があたらなくとも代わりに砲弾が降り注いでくる可能性がある。

「……よし」

幸いにして、狙撃銃の低く尾を引くような音は聞き取れなかった。これなら多少無理をしても殺されないだろう。再び蛸壺をでたが、走り出すようなことはもうできなかった。地を這う芋虫のように地に頭をすりつけて匍匐の姿勢で少しづつ近づいていく。

そこから先は異様なサイレント映画のような風景が広がっていた。赤外線の白と闇夜の黒の中で細身の銃身だけが小刻みに動きまわり遮蔽物から絶えず火を迸らさせていた。ガンナーとシャイガイのIFFが光っているのがはっきりと見える、二人は弾丸がどこから飛んできているのかまるで検討がついていない様子でその大きな図体を遮蔽物のなかに縮こまらせていた。

「ガンナー!」

「なにやってる!?バカが!とっとと尻尾まいて逃げろ!」

「援護する。走れ!」

レティクルの中に敵兵を捉えた。こちらのことに気がついていないらしく姿が丸見えだ。一息分の塊を口の中から吐き出すと引き金を絞り落とした。無痛銃の一撃は、敵の『銃』を破壊した。敵兵たちの顔が驚愕の色にそまり、狙撃手の姿をもとめて銃撃が止む。その隙を見逃す二人ではなく、すぐにIFFの光をきらめかせながら走り始めた。

そのことだけを確認すると無痛銃を敵兵のあたりに慎重にあたらないように気をつけて弾倉分すべて打ち込んだ。今度は敵が蛸壺のなかに身を縮こまらせる番だった。

「出てくるなよ。頼むから」

殺したくない。という言葉は無線で聞かれそうだから言わなかった。

 

△△△▼▼▼

 

地下鉄に滑り込み、ようやく一息つくことができた。今なお止まない散発的な銃声も地面の下に入り込んでしまえばもう恐ろしいものではなかった。じっと闇に目をこらすとIFF以外にも橙色の光が灯っているのが見えた。その光に照らされた横顔はよく知っているものだった。

「全員そろったか?」

レオ兄の第一声はそれだった。謝罪でも、感謝の言葉でもなく。

「いやレイモンドがいない」

かぶりを振る。

「撃たれたわ」

ミミの発言にみなが黙りこくった。早くも脱落者が一人でた。

最悪の空気のなか更にまずい二人が土煙をたなびかせながら姿を現した。ガンナーとシャイガイだ。そしてレオ兄の顔をみるなり、怒声が響き渡せた。

「こんちくしょうぶっ殺してやる!」

ガンナーが胸ぐらを掴み上げた。レオ兄の身体が地面から浮き上がるが、そんな状態になっても眉ひとつ動かさなかった。僕はぶるりと震えた。ガンナーの剣幕にではない。レオ兄がいまにも拳銃を抜き放って撃つかもしれないという確かな予感がしたからだ。明らかに彼は変わってしまっていた。もうすでに僕の知っているレオ兄ではない。

「逆に聞くがな、ガンナー。逆の立場ならどうしてた?」

品のいい唇が言葉を紡ぎ出す。

「そりゃぁ……」

「自分の命が最優先だ。今までも。これからもな」

レオ兄はそんなこといわない。言わなかったし、これからも言わないだろうと思ってた。いつだって弱い者の味方だった彼は人を切り捨てるようなことはしなかった。だからこそ今回の無茶苦茶な作戦にも参加したのに。

ガンナーは投げ捨てるようにして拘束をといた。そして頭を振って舌打ちを一つするとその場から立ち退いた。彼も態度こそがさつだが道理が間違っていないことは痛いほど理解しているのだろう。ふ、と彼の目と僕の視線がぶつかった。

「おいガキ」

「なんだ。ガンナー」

ぶっきらぼうに答えた。

「礼なんぞいわんからな」

「……あぁ」

元々感謝されたくてやったことではないからそんなものはなから必要ない。

「これ以上待つ必要はないな」

レオ兄がランプの灯を吹き消した。

「さぁ、あと少しでゴールだ」

そういうなり目の前の闇に向かって歩み始めた。慌ててその後をつける。そのスピードはアクビが出そうなくらいゆっくりしたものだった。もうここまで来てしまえば邪魔が入る心配もないということか

「こいつだよ」

そういうなりランプを再びつける。その瞬間、黒い塊が目の前に浮かび上がった。本の中でしか見たことのないそれは、写真の姿よりも色あせ錆付き風が吹けば砂になってどこかへ飛んでしまっていきそうな頼りなさがあった。

本当に動くのか?

「化石かよ」

ガンナーが僕の気持ちを代弁してくれた。

「あぁ、見かけはな」

扉に手をかける。完全にガタがきてしまっているのだろうガガガと耳障りな音を立てるだけで微動だにしない。レオ兄が気まずそうに目配せする。ガンナーはにやりと笑うと、扉に手をかけた。

「うおら」

ほとんどドアを歪ませるようにしてようやく一人分辛うじてすり抜けられる程度の隙間を作ることができた。一番乗りは最大の功労者が、とでも言わんばかりにガンナーは車内へといち早く乗り込んでいった。

「なぁ。さっきのことなんだが」

突然、後ろから話しかけられた。振り向くと巨大な影、シャイガイが僕を見下ろしていた。

「ガンナーのことを悪く思わないでくれ。あいつあれはあれで感謝してるんだ」

目をしばたいた。純粋な驚きでである。

「感謝?とてもそうは思えないけど」

ふーっとシャイガイが長く息を吐いた。

「……あいつの息子、外周調査のときにゾンビに襲われて死んでるんだ」

「それは……」

「原因はガンナーが息子を褒めたからだ。殺しが上手いって。だから死んだ」

目がじっとこちらを射止める。

「お前に同じような目にあってほしくないのさ」

そのとき低い動物の唸り声のような獰猛な音が暗闇のなかにこだました。と思った次の瞬間に鋭い光が目を貫いた。

「ご先祖さまさま!」

ガンナーの能天気な声が響く。とりあえず最大の問題点だった車両の起動には成功したようだ。老人の咳のような怪しげなビープ音が混じっているのは気になったが。

「あとは乗ってトンズラだけだな」

その場に座り込んだ。今まで張りつめていた神経が一気に緩んで今更ながら封じ込めていた恐怖が全身を襲ったのだった。

「こら。まだ気ぃ抜くのは早いぞ」  

レオ兄が車窓から乗り出していた。

「列車のストッパーを外したい。人手がいる」

「僕が」

「いや、いい。疲れてんだろ」

シャイガイが立ち上がる、僕の様子に気が付き取り計らってくれたのだろう。彼にだけ聞こえるように小声でぽつりとありがとうと呟いた。シャイガイは笑ってひらひらと手を振った。彼に似つかわしくないやたらにキザな仕草だった。

「それで私達は?」

「待機。まぁ、なんもないとは思うが一応見張っといてくれ」

「あいよ」

少し車両から離れたところに陣取ると腰を据えた。暗視ゴーグルで索敵するが影ひとつ見えない、静かな闇だけがそこに横たわっていた。

……敵襲はしばらくないと考えていい。あれだけ派手にドンパチやったのだから敵も無傷とはいかないだろう。体勢を一度立て直す必要がある。と、なると。

─いまのうちに装備を整えよう

バックパックを下ろすと、中から実包を取り出した。空になったマガジンに一つずつ丁寧に詰め込んでいく。スプリングのきしむ音が耳に心地いい。十発つめたのを確認すると防弾ベストに差し込んだ。本当は13発一つの弾倉に尽き入るのだが、なにぶん古い銃なので一杯に詰め込んでしまうと弾づまりしてしまう危険がある。

単純作業の間とくにやることもないのだろうか、ミミがその軍帽の下の目をギラギラとさせながらやたらと話しかけてきた。戦闘中のアドレナリンが抜けていないせいか、口調が普段よりもハイペースだ。

「あんたどうしてあの二人を助けにいったの?」

「なんでって死にかけてるやつを助けるのに理由がいるのか?」

「優しいのね、あなたは」

その言い方はどこか含みをもたせた言い方だった。

「ミミは助けないのか?」

「助けないわね」

即答だった。

「嫌いだものあの二人、あ、言わなくてもいいわよ。どうせ理由が聞きたいんでしょ?教えてあげる」

そういうと軍帽をかぶり直した。

「ガンナーとシャイガイの軍隊時代を知ってるの」

「そんなに酷いもんなのか」

「酷いどころじゃないわね。そびえ立つクソよ。あの二人が軍役中、犯しつくせるだけの犯罪は全部やったんじゃないかしら。私の運び屋仲間も殺られてる」

そこで一つ息を吐いた。

「いい?これから先あなたの同情をひこうとしてあの二人は色々というかもしれない。でもどこまでいってもあの二人は犯罪者だってことを忘れないでね」

「この列車で一気にとんずらこくんだろ。だったらなにをもたついてるんだか」

飛び上がりそうになった。その声の主がシャイガイだったからだ。ちらりと流し目でミミをみると、先程までの会話などどこ吹く風で普段通りの仏頂面、そっけない態度で「そうね」と返事を返した。

「追ってこないか?」

「敵はさっきの攻撃を組織的な襲撃だとみてるから防御を固めるはず。追撃に割くだけの兵力はないはずよ」 

希望的な観測だ。政府軍のやつらは血と鉄のせいで酔っ払ってしまっているからそんな理性的な判断ができるとは思えない。いまごろ蛸壺という蛸壺に手投げ弾を放り込みながら僕達のすぐうしろに、にじり寄ってきているだろう。

「しかし、ひでぇ攻撃だったな」

「まったくね。それだけ上もピリピリしてたってことかしら」

「余裕ぶっこいてるあいつらも実際のところただのチビリだったってわけか」

「理由はそれだけじゃないはず。多分」

「というと?」

「彼等には弾丸を使わなきゃいけない理由があったのよ」

「そんなバカな話が……」

ビリビリと大気を金音が引き裂いた。全員が音のした方へ反射的に銃を向ける。

「サトル」

言われる前にはもうすでに行動をとっていた。

耳を地面にあて全神経を集中させる。モノトーンの世界を音が形を伝えてくれる。

─なんだこれ

もう一度しっかりと地面につけて音を拾う、間違いがないのかを確認するために。

「なにか……巨大なものが……歩いてる」

「は?なんだそりゃ」

自分でも自分のことを信じられないが、間違いなく数百メートル先には一つの意志をもったなにかがゆらゆらと左に右に揺られながらこちらへと近づいてきていた。

「恐竜みたいだ」

勘弁しろよ。スピルバーグの映画じゃあるまいし。

「灰色は導かれるようにしてふらふらとこちらに向かってくる」

「確認してこようか?」

ミミがちきりと拳銃の安全装置を外す。それを手で制した。

「いや……もう少し近寄れば。見えてくるはず」

耳に神経を集中させつづける。あとほんの少し、もう少し近寄ってくれれ確実に敵の正体が見えてくるはずだ。ふと靄が晴れたかのように敵の姿と形をはっきりと捉えることができた。

「違う」

「?」

「巨大なんじゃなくて、多すぎただけだったんだ……」

その言葉で全員が理解したらしい、半ば諦めたような面持ちで全員が弾倉を込めボルトを引き絞った。リップマイクを口元に寄せて呟く。

「ゾンビです。数はざっと40です」

もはや、サトルでなくても音の正体は分かった。コココという鶏のような鳴き声が。死んでも死にきれないものたちの断末魔が。深い闇の底から無数に響き渡ってきたからである。

暗視ゴーグルを下ろすと緑色の視界のなかに無数の人影が浮かび上がってきた。あれ全てを相手にするのだと考えると震えてくる。ボルトの尻を持ち、薬室に弾が入っているかどうかだけを確認して、照星に的の頭をあわせた。

「撃て」

言われる前にもうすでに放っていた。結果は命中。ぼやけた視界のなかで頭に当たった弾丸は、肉塊にすぎないそれを花びらのようにはらりと盛大に咲かせる。が、敵の歩みが止まる気配はなくむしろこちらに向けて加速しはじめた。

「頭を打つな!弾の無駄だ。脊髄を砕け!」

もはや頭で動いている生物ではないから、運動系を破壊してやらないかぎりは致命打にはならない。最初の一斉射で第一波を足止めすることはできた。が、すぐに骸を踏み越えて他の屍たちがこちらへと殺到してくる。

「まだか!?」

怒鳴り上げる。

「連結を解くのに時間がかかってる!」

もう持ちこたえられない、という悲痛な叫びが響く。すでに距離は飛び出せば手が届くにまで近づきつつあるが、一向に敵の攻勢が止む気配はない。いままで小気味よく響いていた軽機関銃の音が途絶えた。弾薬がつきたのだ。その間隙を縫うように肉肉しいものたちが近寄る。

─そのとき、奇跡が起きる。

パッと銃火が後方で咲いたのだ。それが呼び水になったかのように激しい援護射撃がばったばったとやつらの群れをなぎ倒していく。

突然の援軍に全員の顔が明るくなった。きっとレオ兄が手配してくれた増援がようやく姿を現したのだとそう考えていた。ヒーローは遅れてやってくるといわんばかりの火力に口笛を吹きたくなったのもつかの間マイクから怒声が響き、鼓膜をつんざいた。

言葉の意味はまるでわからなかったが、それは悲鳴だった。敵の後方なぎ倒しながら少しづつこちらににじり寄ってくる敵の姿をはっきりと暗視ゴーグル越しに確認してしまったからである。

政府軍。

追跡部隊がこちらの喉元を狩りに姿を現したのである。戦場は大混乱に陥った。ゾンビと政府軍とが入り乱れ照準をあわせきれない。おまけに銃火をかいくぐるため伏せて撃たなければならなくなった。たまらずに持ち場からじりじりと交代しはじめる。サトルのすぐ近くで弾丸があたって土くれが顔に跳ねた。たまらずに口から悲鳴をもらす。

「ジャムった」とシャイガイの声。

「排莢不良だ!取ってくれ」

シャイガイにバトルライフルを渡し、代わりに足元の軽機関銃を手に取る。

「熱っ」

思わず取り落とした。すでに銃身だけでなく機関部まで融解しそうなほどに加熱している。

スクールでならった知識を必死でおもいだす。

まず銃身がひび割れてないかを確認する。ガスが漏れていたら危険だ。次にボックス型の弾倉を外す。蓋をあけ、ベルトリンクでつながれた鉛玉を取り出し地面に置く。本当は土が混じって作動部を痛めるのでしてはいけないのだが。という教官の声すらまざまざと思い浮かぶ。

排莢部を見ると薬莢が排出されずその場に留まってしまっていた。すぐに後部にあるチャージングハンドルを巻いて、遊底させる。薬莢がぽろりとその場に落ちた。そのことを確認して、弾倉を戻し、レバーを二度引いてやると頼もしい手応えがかえってきた。

「サトル!」

息遣いを耳で感じていた。舐めるように軽機関銃を振りかざし引き金を引いた。胸に直撃弾をうけたゾンビは糸が切れたようにその場にへたりこんだ。

そのまま銃口を前に向けトリガーを引き絞った。もっと断続的にバトルライフルのような衝撃が来るものなのだろうと想像していたが想像よりも全然軽い。銃自体が重くて反動を殺してくれているのだ。ポップコーンが弾けるような振動がするたびに一体、また一体と敵が死んでいく。頭のなかで切れてはいけない線が切れた気がした。口元で咆哮を含ませて引き金を落とし続ける、

「ジャム!」

と叫んで弾倉をみて愕然とする。弾が尽きたのだ。

「弾がない!」

「それで最後だ!」

「どうすんだよ!?」

「ガッツだ!」

即座に腰の拳銃を抜き去るが、ライフル相手にこんなちんけなおもちゃで勝てるはずがない。ゾンビの群れが雲が晴れるようになくなると、政府軍のツートンカラーの軍服がはっきりと目に入った。

「終わった!いつでもいけるぞ」

即座に叫んだ。

「全員走れ!」

もはや戦う必要はどこにもない。全員が全員無我夢中で走りはじめた。弾がその後ろから追ってくる。

「あっ」

そのとき、短い悲鳴が聞こえた。首だけ回して見ると緑のIFFが地面すれすれで光っているのが見える。

「っ!」

絶句する。撃たれたのだ。そしてあの色は。

「ココロ!」

と叫んで助けようとする。が、いきなり肩を掴まれた。

「放せ!」

という言葉を飲み込む。違う。飲み込まさせられた。目の前にゾンビの醜悪な顔があったからだ。状況を飲み込むよりもずっと速く痛みが全身を貫いた。それで十二分に理解することができた。噛まれた。

激痛のなか聞き慣れた文言が頭のなかにうかんでいた。致死率100%やつらになるまで一ヶ月……。

「出せ!」

マイクからレオ兄の声が聞こえた。

「待って!」

列車の音がどんどん遠ざかっていく。必死に追いすがる。届かない。届かない……。

「動くな」

政府軍の硬い銃口が服越しにあたっているのが分かった。僕は抵抗することもなく手を頭の上で組んだ。

◇OVER ENDING 8bit the last of yours

タイトル作者
カーテンコールと五分前説瀬尾標生
the last of yours夜空

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